百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第一章 亜湖とさくら4

今迄亜湖に沢山教えてもらい、そして沢山助けて貰った。そして亜湖の友達も亜湖が居たからこそさくらに良く接してくれたのである。もし、ここでモタモタした事により社長の気が変わり、追い出されてしまっては―――。
またさっきのようにスカウトマンに捕まりそうになった時に亜湖は自分を犠牲にしてさくらを助けようとするだろう―――。それだけは防ぎたかった。その為に今の自分に出来る事と言ったらこれ位しか思い付かなかったのである。
亜湖はそのさくらの覚悟を見て一息ついてから、
「さくらがそれで行くなら……」
と言ってさくらと同じ様に服を脱ぎ始めた。ブレザーとネクタイを脱ぎ、そしてさくらとは逆にワイシャツを先に脱ぎ、最後にスカートを落とした。
「私にももう何もありません。そんな私でも折角、ここで闘えるんだから……今闘える格好はこれしかありません。だから私も下着姿で闘います……」
亜湖も下着姿―――薄い水色のブラジャーとパンティ姿になり、今言った事に偽りは無い事を証明する為に腕を後ろで組んだ。胸を突き出す格好になり、逆に後ろは背中が凹んだ為にブラジャーのホックの部分が少しだけ浮く形になった。
「二人とも下着姿―――か。ならば一つ注意しておくわ。まああなた達だけに当てはまる事ではないんですけどね」
と社長はさくらの顎から指を離し、先程までの制服姿から下着姿に変わった二人を見ながら言った。その内容は、
「ここはあくまでもプロレスだから、モザイクが掛かる事は禁止って事よ。パンティーは脱いではいけないし、脱がすのも禁止よ。まあ、椅子攻撃や鉄柵鉄柱、コーナー攻撃がある以上、ブラジャーが取れてしまう事は考えられますけどね」
という事だった。亜湖とさくらはここまで来たら後には引けない、という思いから社長のその説明に対して何も言わずに頷いた。もう覚悟を決めるしかない―――、いや、服を脱いだ時点で後には引けない覚悟は決めていたのだ。


「覚悟は決まったようね―――尤も決めずに勝てる程甘くないのでそのつもりで」
社長はそう言い、亜湖とさくらを見据えた。そう―――、先程スカウトマンを追い返したその視線だった。亜湖もさくらも何とも言えない恐怖心に襲われた。さっきは社長は帽子を被っていたので亜湖やさくらからはその視線は見えなかったが今度ははっきりと亜湖とさくらを見据えていた。社長はその場を動かずにただ二人を見ているだけで、襲ってくる訳でもなんでもない。しかし、亜湖とさくらにはなにやら巨大な化け物が今にも襲い掛かってくるように見えた。
「亜……湖……センパ……イ。こ、怖い……」
「私……も、でも、でも逃げちゃ駄目」
亜湖とさくらはお互い手を握り合い歯を食いしばって体を寄せ合い、社長から自分達も目を逸らさずにその視線に耐えていた。お互い足が一歩ずつ下がりそうになったが、亜湖は、自分が下がったらさくらを助ける者が居ない、もう自分以外に誰がさくらを助けるんだ、と思い、またさくらは、自分が下がったらまた亜湖センパイが大変な目に合う、と思いお互いに下がらなかった。
「二人共大した度胸ね。先が楽しみだわ―――」
社長は、そう言って先程の視線を解き、普段の、今迄の表情に戻った。そして銀蔵を呼びある事を言った。


「ここが練習室です。実際の練習も出来るしトレーニングも出来ます。使用する時はこの札が使用中になっていないか確認するように」
二人は銀蔵に場内を案内された―――。下着姿の状態で。銀蔵の足音と、亜湖とさくらの足音が廊下に響き渡った。練習室は合計で4つあった。その内の2つが使用中になっていた。練習室の他に更衣室を案内された。
「ここでコスチューム姿になってください。あなた達の場合は、服をロッカーにしまって下さい」
銀蔵はビジネスライクに、決して下着姿の二人に対していやらしい視線を送ったり、この説明の時もいやらしく”服脱いじゃってね”等言ったりしなかった。あくまでも亜湖やさくらが服を脱ぐ事を『着替え』として説明をし、先程二人が脱いだ制服をいつのまにか纏めていたのか―――そう、社長の視線に二人が耐えている間に銀蔵が纏めていたのである―――、制服の入った袋を亜湖とさくら、それぞれに鍵と一緒に渡した。
亜湖とさくらはそれぞれ自分に割り当てられたロッカーに制服の入った袋をしまい、鍵を掛けた。

その後、控え室を紹介された。
「試合のある人は着替えた後ここに入って待機しています。大体20〜30分前に入ればいいでしょう」
亜湖とさくらは頷いていた。控え室に入った後でロッカーの鍵を所定の位置のフックに掛けて置くのである。実際に亜湖とさくらを控え室に入れ、鍵をフックに掛けさせた。
「今日の試合はあと1試合しかない。そろそろ来る筈だから廊下で待っていようか。先輩への挨拶も含めてな」
と言って二人を廊下に出し、自分も出た。

その時、一人の女の人が来た。
「あら、こんにちは。新人なの?」
と言った。身長は亜湖よりは低くさくらとほぼ同じ位、165cm程で、ロングのストレートの髪を背中まで伸ばし、メガネを掛けていた。メガネの下の表情は少しだけ冷たそうな目をしていたが美人といっていい顔だった。上はジャケットを着て下は膝の辺りまであるスカートを履いていて、なんと表現すればいいのだろうか?
ベランダで椅子に座りながら読書をしている姿が非常に似合いそうな感じの人だった。そんな人が何で今ここにいるのか分からないというのが正直な所だった。
「今日入りました。長崎亜湖です。宜しくお願いします」
亜湖はその人に頭を下げて挨拶した。さくらも亜湖に続いて挨拶し頭を下げた。女の人は、
「そう―――宜しくね」
と答えた。その時彼女のメガネの奥の目がどす黒く輝いた事に亜湖もさくらも気が付かなかった。
「では、私は急ぎますので―――」
笑顔でそう言って、その女の人は更衣室に入って行った。

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