百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第一章 亜湖とさくら6

ゴングが鳴るや、二人は少しお互い時計回りに回った後、手四つに組み、押し合いをした。押し合いになると体重の重いプルトニウム関東の方が有利で、ポニーをロープ際まで追い込んだ。ポニーはロープに背中が付くや否や両手を上げ、一旦試合を切って仕切り直そうとしたが手四つを解いた瞬間に、プルトニウム関東の強烈な張り手を食らってしまった。油断だった―――。手四つを解いたならば直ぐに両手を上げるべきだったのに、その動作をゆっくりやった為に張り手を入れられてしまったのだった。
張り手は激しく効いた。想定外の張り手だった為頭を激しく揺さぶられ、意識が飛び掛けてしまった。片膝をマットに付けてしまい張られた頬を押さえながらロープに掴まり何とか倒れるのだけは防いだ。黒くて艶のある綺麗なポニーテールを掴まれそこからいいように攻撃された。それから暫く守勢に回ってしまっていたが、プルトニウム関東のボディプレスを避けた事で形勢逆転した。ニークラッシャーでプルトニウム関東の膝にダメージを与えた後、場外に放り出すや直ぐに椅子攻撃や鉄柵、鉄柱攻撃をお見舞いし、こういったラフ攻撃の得意なプルトニウム関東のお株を奪ってしまった。更に場外でパワーボムを決め颯爽とリング内に戻った。とその時、亜湖とさくらが試合を見に来ている事に気付いた。
「あら、見に来てくれたの? 有難う。じゃ、お礼にいいもの見せてあげるわ」
と亜湖とさくらの位置に一番近いコーナーに歩いて来てサードロープに登り、言った。
亜湖とさくらはさっきジェネラル美紗が言ったように、
―――さっきの姿のイメージが強いとリング上でアイツを見てもアイツだと分からない―――
の言葉通りで、ジェネラル美紗にアイツはポニーだ、と聞き予備知識を入れ更に、ポニー対プルトニウム関東、の表示がなければ、この、体操服とハイレグのブルマ姿でポニーテールにしている人がさっき会ったお嬢様風の人と同一人物である事なんてとても信じる事は出来なかった。

頭に強烈なダメージを受けたプルトニウム関東はフラフラになりながらリングに登って来た。それをポニーが捕まえるとブレーンバスターで強引にリング内に入れた。ここで注意である。通常プロレスでは今の動きは当たり前だが、ここ―――丸紫の闇プロレスの場合―――は、これはかなりリスクの高い仕掛けである事を忘れてはいけない。
つまり、ポニーが逆に場外に放り投げられる可能性だってある、という事だった。ポニーはそうされたら先程のダメージが残った状態なら尚更―――、一発でグロッキー状態になる事は分かっていたし、そうなるリスクは相当高い事は知っていた。相手の方が体重が20kg以上重いのだから―――。その為そうならない様にしっかりとダメージを与えておいてそれからブレーンバスターを仕掛けたのであった。

それから5分間、ポニーの攻撃がずっと続いた。微妙な間合いを取り相手に切り返せそうで切り返せないような闘い方をした。そしてフィニッシュと言う事でプルトニウム関東の頭を自分の股に挟み胴を掴んだ。パイルドライバーの様な体勢である。そこから何と自分より20kg以上も重いプルトニウム関東を持ち上げてしまい更にカナディアンバックブリーカーの様な体勢に担ぎ上げてしまった。一瞬、亜湖とさくらに視線を送った後、3歩走りそのままタイガードライバーの様な形でプルトニウム関東の上半身をリングに叩き付けた。


「ワン、ツー、スリ―――」
メイド服のレフリーがカウントを数える。あっさりとスリーカウントが入りポニー、松本香が勝った。そしてその後、立ち上がり、リング中央で大の字に倒れているプルトニウム関東の体を片足で踏みつけながら、右手で一瞬自分の股間をタッチし、その手を少しずつ上に上げていって、亜湖とさくらを指差した。そして、
「次はあなた達がこうなる番よ。覚悟しててね」
と言ってリングから颯爽と降りて、亜湖達の横を走る様に横切ったがその時は亜湖にもさくらにも、そして銀蔵にも目を合わせなかった。そして何故か負けた選手みたいな悔しそうな表情をしていた。自分より重い相手と闘っただけあって汗びっしょりになっていて、近くを通った時汗の匂いがし、濡れた体操服から黄色いブラジャーが透けて見えていた。そして香はポニーテールを乱暴に解いてから控え室に消えて行った。

香は控え室から更衣室に早足で戻って来てロッカーを開けるや否や体操服とブルマを脱ぎ、再び下着姿になった。そしてタオルで汗を拭きながら、メガネケースをゆっくりと取り出した。それからメガネを出して掛けた。
「―――あの二人が見に来ていたのにっっ」
声を震わせながら呟いていた。試合の前半、ペースを握れなかった事を悔やんでいた。まだ張られた頬はジンジンと痛み、鏡で見てみると少し赤く腫れ上がっていた。香は自分の顔を張られた上に、新人戦で完璧に料理したいと思っている亜湖とさくらの目の前で、自分から見たら不細工の代表の様なプルトニウム関東に一時的とは言えペースを握られた事が悔しかった。
目をきつく閉じてバン! と隣のロッカーを叩いた。香の宣戦布告は”香にとっては”失敗に終わった。
しかし、亜湖とさくらにとっては香が香よりはるかに体重があるプルトニウム関東を完全に叩きのめしてしまった試合はとてもインパクトに残るものであり、さらに、次はあなた達の番―――、と言われてしまえば、緊張しない訳には行かなかった―――。

銀蔵に連れられて亜湖とさくらが戻って来た時丁度、香が更衣室から出て来た最初に会った時と同じ格好―――、清楚なお嬢様の格好で。只一つ違っていたのは頬にハンカチで包まれた冷却材を当ててテープでとめている所だった。
「お疲れ様でした」
亜湖とさくらは闘い終わった先輩に挨拶した。香は足を止め、二人の方を向き、
「ありがとう。二人とも、一日でも早く試合出来るように頑張ってね」
と言って帰って行った。しかしその声は二人を応援するような声では無かった。


亜湖とさくらはその後社長の所に戻った。すると社長は、亜湖とさくらの身元保証人になり、二人が高校へ行き続けられるように手配してくれるというのだ。尤も、レスラーをしている間だけだ、というのは言われなくとも分かる事だったが。
その他二人の暮らす部屋も用意してくれた。この事務所は地下にあるが地上部分では部屋は少ないが賃貸もやっている―――。そこの一部屋を只で貸してくれたのだった。
「あ、有難う御座います」
亜湖は頭を下げた。社長は、
「その代わりきちんと働いてもらうわよ」
と言い、さらに悪戯っぽく笑い、
「これだけ長い時間、そして人目に下着姿を晒した感想を一言―――」
と聞いて来た。亜湖もさくらもお互い顔を見合わせた後、まるでリンゴのように顔を赤らめていた。

―――その日の夜、孤児院跡から二人の荷物が運ばれて行った。そう、社長に借りたマンションへ―――

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