百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第二章 香1

「―――そう言えば、新人が入ったのなんて一年半振りかしら」
香は帰り道の途中でそう呟いた。さっきの試合で張られた頬はまだ痛む。聞かれたら何て答えればいいのだろうか?
そう、香が闇プロレスをやっているのは誰も知らない秘密の事なのである。
丸紫のプロレスは、KO、凶器攻撃を嫌うと前に述べたが流血も同様である。表のプロレスみたいにしょっちゅう流血をしているようだと、流血が一種のアングルに見えてしまい、試合の質を下げるという考えでやっているからである。勿論、アングルやブックの無いボクシングや柔道でも流血があるように、丸紫のプロレスでも流血はある―――。
香はその流血の犠牲者となってしまった事が過去にあったのである。その時は流血が足だった事もあり、自転車で登下校していたので、帰り道で考え事をしていたら転倒した、と言い訳したのだ。しかし、頬を腫らしていてはビンタされたとしか考えられないのである。
その言い訳も考えなければならない余計な手間を与えてくれたプルトニウム関東に対して、また怒りがこみ上げてくるのである―――。しかし、怒ってても仕方が無いのは分かっていたので、新人の事を考える事にしたのである。新人とは亜湖とさくらの事であるが。

「ま、明日にでも二人の練習を見に行こうか……」
香はそう呟き、頬の腫れについてどう言い訳すべきか考えながら帰った。


新人戦の相手を買って出た事で自分の新人時代を思い出した。
「あの娘達はどういう切っ掛けで入ったのかしら……」
香は家に帰った後自分の部屋に篭りそう考えていた。ちなみに頬の件については少し苦しかったが、体育の授業でバスケットボールをやったが、その時余所見をしていた為、頬にあの大きなボールが直撃した―――、という事にし、上手く誤魔化せた。

香が丸紫に入門したのはおよそ2年半前―――、高校に入学して1ヵ月後の事である。
香の通う高校は開城学園。この地区トップの私立の進学校である。有名な進学校ではあるが、同じ中学から来る人は少なかった。本当に中学の学年でトップから数えて数名位しか入試に合格出来ない程で、合格圏内に居る人が開城学園の入試を受けるとは限らないからである。
しかし、香は中学時代の同級生と一緒のクラスになった。そしてクラスの委員長を決める段になって、その人が中学時代もやっていたという事で香を推薦したので香はクラスの委員長になったのである。
そんな香が何処でどうやって、闇プロレス丸紫を知る事になったのか―――

開城学園では入学早々実力テストがある。そのテストでも成績上位に入り、香はクラスメートに一目置かれる存在になった。それから一週間後のある時―――、
男子生徒が二人、プロレス雑誌を読んでいたのである。昔はスポーツ観戦といえば、屋外ものは野球、そして屋内ものは相撲、そしてリングものはボクシングかプロレス―――といった感じだったが今は違う。プロスポーツは多岐に渡り一番人気のあるプロ野球ですら他のスポーツに客を奪われ、人気低迷と言われる時代―――、リングものといえば、ガチで闘うK-1や総合系が出てきてからはすっかりプロレスの人気は地に落ちてしまっていた。それだけに男子生徒がプロレス談義に花を咲かせているのは珍しい事であった。
香はプロレスが何だか、というのは勿論知識として知ってはいたが興味は無かった。周りの話から、試合はグダグダ、そしてマイク使ってリング外でごちゃごちゃ叫んでいる、そんな印象しか持っていなかったのである。
クラスの委員長であったので、しかも進学校の校則の厳しい―――、チャイムが鳴ってからも雑誌を読み続け話に耽る男子生徒に注意をする為に立ち上がり、その席へ向かった。
「あ、松本さん―――」
男子生徒の一人が言って、雑誌を閉じようとしたがそこに写っていた写真に目を奪われた。男子プロレスのページと女子プロレスのページに丁度またがっている所であり、さらに写真が沢山文の間に散りばめられていた。大半の写真は男子女子両方とも片方の選手がもう片方の選手に技をかけたり、椅子やら何やらで攻撃していて、やられている方は苦痛に表情を歪ませているものだった。
「どうしたの? もしかしてプロレス好きなの?」
男子生徒は雑誌を閉じて仕舞いながら聞いた。香はメガネを右手で直し、
「う、ううん。……ただあまりにも夢中だったようだから、どんな中身なのか気になっただけよ」
と答えた。
その後香は珍しく授業中ボーッとしてしまい、詰まらないミスを連発してしまった。


「今日何かおかしかったよ、香。どうしたの?」
帰り道で友人に言われた。香は、
「わかんない……、ちょっと疲れてるのかも知れない、テストで……」
と答えたが、テストの所為ではなくあのプロレス雑誌を見てから何か調子が狂った事は理解していた。

家に帰ってから、いつもインターネットはそこそこ見ているのだが、大体見ているサイトは同じだった。しかし、この日は違った。
『プロレス 動画』
検索サイトでこのキーワードを入れてプロレス動画を見たのである。
団体のエースと呼ばれている大男が場外で椅子攻撃を食らって叫び声を上げながら悶絶していたり、女子プロでも一人のレスラーを三人で前後からサンドイッチ攻撃をし、やられたレスラーがマットの中央で伸びていたり―――等等。それらを見ているうちに自分の中で何かが壊れた、何かがプツッと切れた感覚を覚えた。少し下腹が熱い、と感じたのである。しかし、それが何だか理解するにはもう少し時間が必要だった。ただ悶々としていたのである―――。

一週間後―――、香は全く持って調子を崩してしまい、とうとう昼休みに担任に呼び出されてしまったのである。まだ実力テストから2週間しか経っておらず、この段階だとトップにいたとしても落ちるのは早いし、逆に最下位だったとしても上位を直ぐ狙えるのである。香はこのまま落ち続ければ直ぐに最下位になってしまう、という事を警告したのだった。香は生返事をし、
「今日からまたしっかりやります……」
と言って帰して貰った。香は相変わらず悶々とした感じでいたのだが、教室に戻った時、ある劣情を抱いた。
あの人に技をかけたら、どんな表情するんだろう―――、痛がるだろうか、叫ぶだろうか―――?
あの子だったら、どんなだろう―――。
香は今まではプロレスを見て悶々としていただけであったが、とうとうクラスメートで妄想するようにすらなってしまったのである。ドアを開けたが教室に足を踏み入れる事が出来ず、そのままトイレに向かい、メガネを外し、勢い良く顔を洗った。
「な……、何……? わ、私―――」
幸い午後だったから良かった。その後一限だけその感情に耐え続け、そしてHRが終わるや否や友人には、用事があるから、と言い急いで帰った。

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