百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第三章 新人戦2

香もトレーニングを終え、額の汗を拭い、最初に声を掛けた位置に戻って、腕を組んで壁に寄りかかっていた。するとそこにジェネラル美紗が入って来た。
「何の用?」
香が言った。美紗は、
「お前こそ何でここに居るんだ? ルームは二つも空いてたんだぞ」
と聞き返した。香は、
「なら私がいちいち答えなくても、分かるんじゃないの? 理由は同じだって―――」
と、美紗に対して正対せずに腕を組んだまま、目だけを向けて言った。
「違いない―――。因みにお前はどうするつもりなんだ? 新人戦」
美紗軽く笑った後、香の隣に来て同じ様に壁に寄りかかり腕を組んで聞いた。香は、
「私は楽しませてもらうわ。あなたみたいに4分で倒しちゃったら勿体無いもの」
と自分が新人戦で美紗に倒された時間を敢えて言った。美紗は、
「一応あの二人には言っておいたからな。お前には気をつけろ―――と」
と言った。香は、
「ふうん。気を付けた所でどうにも出来ないわ。私があなたに対して何も出来なかった様に」
と流し、そして、
「またあの時みたいに自分の得意技を出さないつもり? 私はポニードライバー出すわ。本当はあなたに決めたいんだけど、そういう意味でも―――ね」
と少しだけ顔を美紗の方に向けメガネの上から見ながら言った。美紗は、
「どっちと闘うのか分からないけど10分持ったら考えるよ。出す事を期待するなら頑張るように応援するんだな」
と答えた。香は、10分なんて持つ訳がない、美紗は得意技―――ラリアットとパワーボムを出す気はさらさら無いんだと思った。自分でさえ未だに10〜15分であり、ここの中堅でも7分が平均なのだから―――。それ位美紗は強いのである。
「で、どうなんだ? 見込み有りそうか? その汗のかきっぷりからして、ずっと見てたんだろ?」
美紗は聞いた。香は、
「ずっと見て無くても―――、今来たあなたにでも分かるわよ。あの二人の様子を見れば」
と言った。亜湖とさくらはしっかりとランニングマシンの上で歩を刻んでいた。相当汗をかき、疲れを見せていたが決して音は上げなかった。マシンの横には水の入ったペットボトルを置き、時々口に含んでいた。
「確かに―――な」
そう言って美紗はさっき香がトレーニングしていた台に行き、トレーニングを始めた。香よりずっと重い重量で―――。一方香は壁から離れ、これ見よがしに重量を上げた美紗に不快感を感じながら洗い場に行き、冷蔵庫を開けてプロテインジュースを取り出して飲んだ。


―――そして3ヵ月後、新人戦まであと1ヶ月となった。
亜湖とさくらはトレーニングをやりながら実際の練習も行っていた。実際の、といってもまだ必殺技、所謂フィニッシュホールドは覚えていなく、どちらかというと受け身を中心に覚えていってた。
「―――社長が?」
亜湖が聞いた。この日は半そでシャツにブルマ姿をしている亜希子が、
「そう。誰と対戦するのか教えてくれるみたいよ。あ、場所は事務所ね」
と言った。亜湖とさくらは、
「は、はい。分かりました」
と言って練習室から出て事務所へ走った。そして事務所に入り、
「失礼します」
と言って入った。社長は綺麗な衣装を着て、顔―――目の周りにはマスクをして、いつもと同じ様に銀蔵を横に従えていた。
「新人戦の対戦相手、決めたから教えるわよ」
と言ってた。勿論以前からこの二人が亜湖とさくらと闘うのは分かっていたのだが、どっちが誰、という所までは決まっていなかった。
「亜湖の相手をジェネラル美紗が、そしてさくらの相手を香がやります」
と言った。そして、
「で、あなた達の相手をする二人が急遽ですが、試合することになりました。今日の試合に出場予定の人が怪我で出来なくなって枠が開いたのでね」
と言った。亜湖もさくらも、ジェネラル美紗や香の試合は何度も今まで見てきた。二人のそれぞれの闘い方を頭の中に叩き込んできた訳だが、二人の直接対決は見た事が無かった。本来であれば元々今日予定のあった試合は中堅所同士だったので枠を埋めることが目的だったら中堅の試合を組めばいいのだった。しかし、社長はジェネラル美紗と香の試合を組んでわざわざ見せる事にしたのだった。
一つテレビをつけた。チャンネルは1001―――。オッズが出て来た。急遽組まれた物だったのと、ジェネラル美紗対香、要はポニーの試合だったため物凄い勢いで賭け金が上がって行った。
「まあ、今日急に決めたものだから、二人とも試合に向けた準備は出来てないでしょう。おそらくグダグダになるかとは思いますが、ね」
「はい、分かりました」
亜湖は返事してさくらを連れてリングの方へと降りて行った。


香は更衣室で着替えた後控え室に入った。壁に手をつき押し込むような動作をしながら、
「ふー、いきなり今日とはツイて無いけど、関係ないわ―――。今日こそは―――倒す」
と言ってポニーテールの髪にリボンを付けた。

そう言えばふと、ポニーテールにリボンを付けるようになったのは何時からだったろうか? と思った。最初はリボンは付けていなかった。闘うのに邪魔になりそうだったから付けなかったのだ。
「ま、いっか。今日勝てば思い出すかもね」
そう言って控え室からリングに向かって走った。

リング下で自分が対戦する事になったさくらを見つけた。香は隣に亜湖がいた事にも気付いたが無視し、何も言わずじっとさくらを見据える。さくらも、
「……」
何も言わずに香を見返した。しかし、かすかに体が震えていた。香は、さくらから視線を外し、リングに向かってゆっくりと歩いて行った。

「亜湖センパイ……、どっちが勝つと思いますか?」
さくらが聞いた。さくらはさっきの香の視線に恐怖を感じていた。今迄何回も自分達の練習を見に来ていたがあのような表情ではなかった。いつもの様に何かを考えていたり、分析していたり、冷静に自分達を観察していたり―――、そういう目ではなく、無表情だったがその無表情さが逆に怖かった。
「分かんない……、体格は全然違うけど、香さんだって今迄大きい人倒して来たし」
亜湖は初めて見る二人の対戦に緊張していた。

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