百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第三章 新人戦3

試合が始まった。暫くお互いにゆっくりと時計の反対周りに半周くらい回った後、手四つに組み合った。暫く組み合った状態で膠着した。香は頭を下げ、相撲で言うと頭をつけて相手の押しに耐える、という状態になった。一方美紗は香に圧力を掛ける。
「え……?」
亜湖はその様子を見て驚いた。香が下がらないからだった。余裕で耐えているというのではなく、必死で押されまいとしている事は分かったが、美紗相手に手四つ状態で下がらない人は今迄に見た事が無かったからだった。しかも香は見た目、体重50kg代中盤に見える。実際は60kgあるのだが、言われないと解らないくらい、体は締まっていたのである。普通の同身長の女の人と見比べて、多分少し腕が太いんじゃないの? という位の違いしか無いのである。
香は無理やり手四つを振り解いた。そして左腕をだらんと下げ手首を振る仕草をした。美紗はそれを見て、自分の右腕を香の頭より少し上の位置に上げ、指を広げた。力比べを誘っているのである。
亜湖もさくらも香が力比べに乗る事を期待した。手四つであれだけ互角の勝負を演じたのだから力比べも行けるのではないかと思ったのだった。
しかし、香は拒否した。力比べに乗る素振りをし、香の左手と美紗の右手が組み合った瞬間、自分の体の方に引っ張ってそのまま脇固めに入った。とりあえず、香は自分のペースに持って行く事に成功した。
脇固めの後は腕折り、腕十字、そしておまけに関節技で痛めつけた所にストンピングを入れたりし、攻撃を続けた。一方美紗は香の技を受け続ける。受けて返す―――、返すタイミングを測っていた。
試合時間5分50秒―――、美紗が香のスピンキックを受け膝をついたのを見るなり、無理やり起こしボディスラムで美紗をリングに叩きつけた後、サッカーボールキックを背中に見舞った。美紗は、
「ぐあっ」
と声を上げた。声を出さないスタイルの美紗が珍しく声を上げた。香は自分の顔がクスッと笑っている事に気付いた。そう、美紗にこんなに長い時間好きなだけ技を入れた事は無かったからである。今迄も、特に最近になればなる程自分の攻撃時間の割合が増えてる事には気付いていた。最近2試合で3割くらい―――。もっと攻撃したい―――。
しかし、そんな余裕のある相手ではない事は解っていたので美紗の髪を掴むなり、美紗の頭を自分の股にはさんで胴をクラッチしパイルドライバー、いや、ポニードライバーの体制に入った。

―――勝ち急いだ―――

美紗は抵抗して膠着状態に持ち込むどころか、ポニードライバーを決めようとし持ち上げようと力を込めた香を直ぐに背中の方に思い切り投げ捨てた。香の体は高く宙を舞い、リングに叩き付けられた。
「ああああっっ!!」
香は背中を押さえて声を上げる。
「あんま舐めんなよ……」
美紗はそう呟き、背中を押さえて転がっている香を強引に起こして顔に一発張り手を入れた。香も自分の顔を張られたので張り返す。お互いに3発張り合ったところで、香が膝から崩れ落ちた。香は張られた頬を押さえながらロープを、いや、掴んでいたのは美紗のシャツだった。美紗は香の手を振り解くと抱え上げ、パワースラムを掛けた。
「あああっ!」
香は背中を打ち付けられた瞬間声を上げ、レフリーのカウントが入るとツーで返した。肩は上がらなかったが返しは成立する―――。そう、ここのルールでは返しに関してもルールがある。ガチで闘う以上、フォールに行く方も本気で押さえに行く。その為表のプロレスと同じ様に完全に肩が上がらないとカウントスリー成立、にしてしまうと直ぐに試合が終わってしまう。今の場合もそのルールだと試合が終わっていた―――。そうならないようにする為、ブリッジで返す場合は完全に肩を上げないといけないが、足を振り上げてその反動で返す場合は、勿論肩が上がるに越した事は無いし、上げようとしなければならないが、上がらなくても足を勢い良く振り上げ振り下ろせれば返しが成立したとみなす事にしたのだった。
美紗は香を起こす。香はまだフラフラしていたが、ロープに振り、跳ね返ってきた所にショルダータックルを入れた。香は勢い良く後ろに倒れ、会場中に大きな音が響いた。更に場外に香を追いやり、鉄柵や鉄柱攻撃、更に椅子、そしてリングに向かってフェイスクラッシャー等さっきのお返しとばかりに攻撃を続けた。香は声を上げながら耐え続け、そして、息を切らせながら横向きに倒れていた。
また負けてしまうのか―――。香はそう思った。どうしてもこの美紗の無尽蔵な体力を削り切れない―――。もっともっと技を掛けたいのに―――。


美紗は香のポニーテールを掴み、香を前屈みにさせてからその頭を自分の脇に抱え込み、もう片方の腕で香のブルマを持って、逆さまになるように真上に持ち上げた。香は簡単に持ち上げられてしまったので抵抗せず、足をまっすぐに天井に向けた。そして香のシャツがめくれ、ブラジャーが丸見えになった。美紗はその状態を暫く維持した。香に屈辱感を与える事、そして、試合を見ている亜湖とさくらに対して、次はお前達の番だ、とプレッシャーを与える為に。
香は美紗が何時までたっても投げないので、体を捻り後ろに着地した。そう―――、技を受けそして返すルールだがあまりにもワザとらしいのや隙の大きいのはどんどん返せ、と言うわけだ。香は元々運動神経がいいので体を捻って脱出するのは訳無かった。そして後ろからドロップキックをお見舞いした。美紗はまともに背中に受けてしまい、鉄柵まで飛ばされた。鉄柵にぶつかる瞬間に体の向きを変え、背中から激突した。すると直ぐに香が走り込んできて鉄柵に寄りかかっている状態の美紗にラリアットをぶちかました。美紗は勢い余って鉄柵の外に落ちた。
「す……凄い……」
亜湖は呟いた。あれだけ美紗に痛めつけられてもまだ立ち上がり技を返していく香が本当に凄いと思った。自分は立ち上がれるだろうか―――。そう思っていた。

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