百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第三章 新人戦4

香はさっき自分のポニードライバーを簡単に返された事を、美紗のフィニッシュ技の一つ、ラリアットを美紗に入れる事で仕返しした。しかし、それがこの試合の行方を決めてしまったのだった。
香は鉄柵を軽く飛び越えて美紗の所へ行き、髪を掴んで起こした。そして、そのまま引きずっていき、リングの中へ入れたのだった。自分もリングに戻り美紗の髪を掴んで起こし、ロープに振った。
美紗が跳ね返ってくる、香も走りスピンキックを綺麗に決めた。しかし、綺麗に決まったように見えたが入った所が良くなかった。その為威力半減で美紗は倒れず、そのまま踏み込み香にラリアットをぶちかました。香は勢い良くリングに背中から叩き付けられた後、勢い余ってそのまま半回転してしまいうつ伏せに倒れ、動かなくなってしまった。

「ああ……」
さくらは口を手で押さえ声を上げた。自分と対戦する香に頑張って欲しい、そう思っていたからだった。

レフリーは香のそばに行った。香は気を失っていたが、ラリアットはフィニッシュ技―――。レフリーは試合を止めなかった。美紗は香の体を仰向けにし、フォールするだけだった―――が。
足を片海老に固められてフォールされた事で香の意識はある程度戻り、カウントを聞いた瞬間に返そうとしたが、頭がガンガンし、体は言う事を聞かなかった。足を振り上げるのが精一杯だった。
試合時間14分丁度だった―――。

香は美紗が立ち上がると両手で顔を覆った。歯を食い縛りギリッと音を鳴らした。そして頬には汗とは別の物―――涙が流れた。泣いてる顔は見られたく無かった。
美紗は勝ち名乗りの後、香を暫く見下ろしていたがリングを降り、対戦相手となった亜湖の前に来た。
「前にポニーは強いって言ったの覚えてるよな?」
と言った。亜湖は体をブルッと震わせた。亜湖は巨乳ではなく普通サイズなのだが、震えが激しかったのか、ブラジャーが揺れた。
「は、はい…」
亜湖は答えた。勿論覚えていたが仮に忘れていたとしても、今までの香の試合をみて、その強さはヒシヒシと感じていた。
「そのポニーを今日は14分で倒した。何が言いたいかわかるか?」
美紗は闘志を前面に出してかつ落ち着いた口調で話した。亜湖は首を振った。美紗は、
「あたしをポニードライバーで沈めようといつも考え、トレーニングしててもまだあたしには勝てない。あの位の気概が無いと勝つどころか試合にすらならないって事さ。あいつはあたしがお前にラリアットするのを楽しみにしてるらしい―――。10分耐えたらやってやるよ。要はあたしに勝とうなど一年間は思わないことだ」
と言って控え室に戻っていった。亜湖は何も言えなかった。新人だから、闘い方をまだ知らないから、勝つどころか、いい試合をする事さえ難しいと考えていたから―――。しかし、そういう気持ちでは一生美紗は倒せない、という事なのだ。
一方香は泣き止んだ後―――とはいっても声を上げて泣いた訳では無いので亜湖とさくらは香が泣いていた事には気付かなかったが―――、起き上がった。リングの隅にリボンが落ちていたのに気付き拾った。そして乱れたポニーテールを直した後でその上からリボンをつけた。それからふらふらしながらリング下に降りてきた。そして何も言わずに控え室に入って行った。


亜湖とさくらが更衣室に戻って来たのはそれから15分程してからだったが、香はまだ更衣室にいて、ポニーテールを解きメガネを掛けていたが、まだコスチューム姿―――、ずぶ濡れの体操服にハイレグのブルマ姿のままだった。椅子に腰掛け、そして下を向いていた。亜湖とさくらは、香が負けたショックで沈んでいるのでは、と思い声を掛ける事は出来なかったが、香が逆に二人に気付き、
「こっち来て」
と言った。亜湖とさくらは言われた通りに香の方へ行った。すると香は、
「亜湖だけでいい。さくらは帰っていいわ―――」
と冷たく言った。さくらは、
「で、でも……何でセンパイだけなんですか?」
と聞いた。すると香は立ち上がってさくらの方に歩み寄りながら、
「分からないの? 私はあなたの対戦相手なのよ。私もあなたと対戦するまで試合の予定が無い―――。つまり私にとってもあなたは次の対戦相手なのよ。負けてイライラしているのにこんな事言わせないでよ」
と強い口調で言った。さくらは、ビクッとなって亜湖の後ろに隠れた。亜湖は、
「か、香さん……」
と言って止めようとしたが香は亜湖をキッと睨み、
「亜湖。さくらだけじゃなくあなたも忘れたの? ここは闇プロレスだって事を」
と言った。亜湖は、そうだった―――、ここは闇プロレス。いつもさくらと一緒に行動し、トレーニングし、試合を見ていたりしてたから忘れていたのだった。香にとっては次の対戦相手のさくらは敵でしかない事を―――。
「表のプロレスみたいに、リングを降りたら皆仲良し、って訳じゃないんだからね。分かった?」
とさくらの顎を人差し指で持ち上げながら言った。そして、
「今だってあなたを痛めつけたい気分なんだから―――」
と言い、背を向けた。自分が背を向けている間にさっさと帰りなさい、と言っているようだった。亜湖は、肩を落としたさくらに、
「大丈夫だよ。先に帰って待ってて」
と言ってさくらを更衣室の入り口まで連れて行った。そして香の所に戻って来た。
「で、私に用って……」
亜湖は聞いた。香は、
「顔の腫れが引くまで付き合ってくれない? おごるわよ」
と言って、ロッカーからバスタオルを取り出した。更衣室の隣にはシャワー室がある。そこでシャワーを浴びて汗を流した後、ファミレスにでも連れて行く、という事だった。

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