百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第四章 フィニッシュ技とパートナー3

香が第一練習室で練習している所に銀蔵が後ろに一人連れて入って来た。
「この人はどうだ?」
銀蔵は紹介した。香より身長は十センチ近く高い。
「あなたは―――」
香は暫く見ていなかったその人に言った。その人はアメリカ人のレスラーで、亜湖とさくらが入る少し前に新人戦を行った。その時の相手はプルトニウム関東で、最後は毒針エルボで仕留められたのだが、試合に負けた後、鍛え直す、と言って一時帰国していたのだった。
『もう帰ってきたの?』
香は英語で話した。彼女は、
『Hi、鍛え直して来たわ』
と英語で答えた。彼女の名前はジュディ・オークランド。ジュディは服を勢い良く脱ぐと、その下から現れたのは星条旗のビキニだった。そしてビキニ姿でセクシーな腰付きで軽く踊った後、髪に手を回し、香と同じ様にポニーテールに縛った。
「これでどうかしら? あと、日本語もこの通りバッチリだから」
と日本語で言った。そして、
「Mr. Ginzo から話を聞いて、あなたと組みたいと思ったわ。あなた英語も話せるみたいだし、試合中のコミュニケーションは英語でやれば相手に作戦を知られなくていいわね」
と言った。香は、
『そうね。私もあなたと組みたくなったわ』
と英語で言い握手を求めた。ジュディは、
「これで決まりネ。ヨロシク、カオリ」
と言い二人は握手した。

香はジュディの今の実力を知りたいと思い、練習試合のような感じでやってみることにした。手四つに組み合い、その後ジュディが組み勝ったという想定で香をロープに振らせる、という感じで。
実際に組んで見ると、まだ力が足りない感じがしたが、173cmと背が高い分有利に感じた。そこから、
「私をロープに振って何か技を入れて」
と言って、ロープに振らせた。香が跳ね返って戻ってきた所にジュディはレッグラリアットを決めてそこからグラウンド戦の体勢に入った。


香はジュディにどんどん技を掛けさせてみた。どうやら帰国している間、トレーニングだけでなく、技も沢山覚えて来たようだった。香は技を掛けられてダメージを受けた足と腰を押さえながらそれを感じていた。しかし―――、気に入らなかった。
「カオリ、本当にいいの?」
ジュディは香を持ち上げて言った。香は、
「いいわ。やって」
と答えた。ジュディは、お言葉に甘えて香を抱えるようにしたままリングに叩き付け、そのままフォールした。香は自分の頭の中でカウントを取って返した。
ジュディはいくら香が”掛けていい”と言ったからといって簡単に返されるとは思わなかった。
ジュディは香の試合はあまり見ていなかった。しかも新人戦後すぐに帰国してしまったので、美紗と香の試合も見ていない。その為香の体力については分かっていなかった。
自分より小柄な香を甘くみていた所があった。しかし、これだけ―――。そう、いくら練習とはいえ30分以上技を掛け続けているにも関わらずこうやってあっさりと返してくるのだから―――。
「ドコにそんなスタミナが……?」
ジュディは思わず聞いた。香は背中を押さえながら起き上がりシャツとブルマ、そしてポニーテールをを直し、
「美紗を倒す為よ。でもまだまだ足りないわ……全てにおいて」
と答えた。ジュディも10分以内で挑戦者を薙ぎ倒す美紗の試合はいくつか見ていた。正直思った―――。非力と言われ、自分もそう認識していたジャパニーズにもあんなモンスターが居るのだ、と。
そのモンスターを今ここにいる香は本気で倒すと言っているのだ。一般的な日本人として見ればやや大柄かも知れないが、ここでは美紗は勿論自分よりも小柄な香が―――である。出来る訳がない、ジュディは"香はクレイジーな性格"だと思った。

この後攻守交代して香が技を掛けた。練習が終わる頃にはジュディは疲れきってぐったりしていたが、香は立ち上がってドリンクを飲んでいた。ジュディは顔を上げ香を見た。ドリンクを手に持ち、ジュディを見下ろすその表情は逆光で良く見えなかったが、無表情の中にも鬼気迫るものがあり何とも恐ろしく感じた。

ジュディは練習後、香と別れた後、香対美紗の試合のビデオを見る事にした。最近3試合を見た。うち一つは亜湖とさくらの新人戦の一月前のだった。
「こんなに美紗と闘える人は見た事無い……」
香は全ての試合で美紗に負けていたが、それでもジュディは驚いていた。そして、さっきの香の表情の意味を理解した。
練習中、体格が劣る香をどこかナメていたのを完全に見透かされていた―――。その為香は攻守交代後、ジュディが立てなくなるまで技を掛けた。そして、あの目は、あなたは私の領域には程遠い、という事を告げるものだったのだ―――。


香は不愉快な気持ちだった。香が以前倒し引退に追い込んだ外人もそうだが、兎に角日本人をナメている。ジュディは新人戦後、アメリカに帰国し、聞くと一昨日来日したようだった。つまり試合をしていない。
にも関わらず、香に対してまるで子供に技を掛けるかのように明らかに力を抜いてきたのだ。怒っても仕方ないので合わせてやったが―――。やってるうちに香の技術と体力を理解してきたのか、段々本気になってきたようだが、それでも何処か気を抜いていた。2年半やっていて、しかも美紗に一番近い位置にいる、と自負する香に対して―――。
だから、香は自分が技を掛ける側に回った時、トコトン苦しめた。今後、ジュディが自分に対してナメて掛って来ないように―――、こういうのは最初が肝心だ。最後に思い切り、美紗に見せるような戦闘オーラを出したのはそういう理由だった。
さらには、香より体が大きい亜湖に技を掛ける練習としてジュディは最適だった―――。

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