百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第六章 トレーナー2

「気に入らないわ……」
香は腹筋を鍛えるベンチに足を掛けて腹筋を鍛えながら思った。良はこうやって昔から要らない挑発を良くやった。香も今の亜湖同様、新人の時に挑発をされた。それが悔しくて鍛えて強くなり、引退した外人の次にポニードライバーの二人目の餌食にした。するとそれ以来香には舐めた口はきかなくなったが。
「どんな形でも勝たないと話にならないわ……特にああいうタイプには―――」
香はクランチをやりながら思った。

良がいなくなった後さくらは、
「言い返せないなんて悔しいです……センパイ」
と言った。亜湖は、
「悔しいけど、ああ思われてるのは……逆にいいかも」
と答えた。そして、
「それに、見た目とか話し方からして草薙さんは香さんより先輩じゃないかな」
と言った。さくらは亜湖の考えてる事が分からなかった。亜湖は、
「香さんに対しての話し方とか……、香さんの対応とかがそんな感じがした」
と答えた。しかしそれは分かったもののさくらは亜湖が何を言わんとしてるのかが全く見えてこなかった。
「多分、草薙さんは少なくても香さんや美紗さんより弱いと思う。だから―――勝てるとは思えないけど負けない事は出来るかも……」
と言った。さくらは、
「どうして?」
と聞いた。亜湖が、
「年では先輩でも、かなり香さんに遠慮してたと言うか……」
と答えると、さっきまで腹筋をやっていた香が話に入ってきた。
「自分より下の人をトコトン馬鹿にするタイプね。私に負けてからは私を馬鹿にはしなくなったわ」
香はリングの外でコーナーに寄りかかって腕を組んで言った。リング内にいる亜湖とさくらからは背中を向けてる格好になるため表情は見えなかったが不愉快そうに言ってるのが分かった。
香の話を逆に考えれば、良はまたいらないチョッカイを入れに来るということだった。勝つまでは。
「今の亜湖の力では草薙さんには勝てないわ。でも、もしかしたら、はあるかもしれない」
香はそのままの姿勢で言った。亜湖は、
「もしかしたら?」
と聞いた。香は、
「少しは思ったんじゃないの?―――引き分けって」
と言った。亜湖は、
「あ……、ハイ……」
と頷いた。香は、
「但し、一時間受けきれれば―――の話ね。実力的に、それからなによりも性格的に亜湖は攻撃出来ないでしょうから」
とコーナーに寄りかかったまま顔だけ亜湖に向けて言った。亜湖は、
「一時間……?」
と聞いた。香は、
「試合の時、六十分一本勝負のアナウンス聞いてなかったの? 新人戦も普通のシングルもタッグも原則一時間よ」
と少し呆れるように答えた。丸紫でのルールは原則として一試合一時間と決まっている。なるべく引き分けを無くすためであるが、無制限にすると複数試合があった日の運営がしづらくなるからである。
「それでも―――負けたくないです」
亜湖は言った。すると香は、
「フィニッシュ技は決めたの?」
と聞いた。亜湖は、
「フィニッシュ……ですか?」
と聞き返した。香は、メガネを直し、両手で髪をかきあげる動作をしながら、
「そうよ。決めたの? 決めて無いの?」
と少し苛々しながら問い詰めるように聞き直した。亜湖は、
「はい……、決めました。練習もしてます」
と答えた。香は、
「そう……。なら引き分け以外にも可能性はあるわね」
と言った。亜湖は何の可能性かと思った。フィニッシュ技があると答えたら可能性がある、という答え―――。普通に考えたら勝つ可能性と言いたい所だが、さっき香は引き分けに出来るか出来ないか、という話をしてたので、勝つ、という可能性までは考えづらかった。香はそこで話を終わらせ、トレーニングに戻ったので亜湖はホッとした。フィニッシュ技を見せてくれ、とか言われたらどうしようかと不安になっていたからである。一度出せば確かに対策を練られてしまうが、香クラスの強さになればこの間のシングルマッチでの美紗の様に防ぐ人もいるだろうけど、亜湖やさくらは分かっていて食らってしまった。おそらく良も香のポニードライバーは防げないだろうし、食らってしまったら返せないだろう―――。しかし、亜湖のフィニッシュ技は一度知られてしまえばたかが新人の技、誰でも防げてしまう。だから見せたくないと思っていた。香が”技が見たい”と言わなかったのは逆にその辺が理由なのかもしれない、と思った。もし仮に良戦で出せば香にも知られてしまうが、出さなかった場合は―――、香戦まで取っておける可能性がある。

尤も香戦まで取っておこうという考え方で、香と闘えるレベルになるのは至難の業だが―――。香だって、美紗を倒すためにポニードライバーを開発したが、美紗に使う事は未だに出来ないでいる。この間だって返されてしまった。しかし、亜湖とさくらを含む美紗以外の対戦相手には容赦なく使ってその度に威力を上げて美紗にポニードライバーのプレッシャーを掛けているのは事実なのだ。亜湖もそうやって自分のフィニッシュ技を磨いていかなければ、仮にそれを使わずに香と闘えるレベルになったとしてもいざ香に対して使った時、普段から磨いていない分、香からスリーカウントは取れないだろう。

それが「分かっていても食らってしまったら返せない」というフィニッシュ技なのだ―――。
香がトレーニングから戻って来た。亜湖は、やっぱり見せてくれと言われるのではないかと思い緊張したが、香は、
「一つ言い忘れたわ。あなた達、いつも二人で練習してるけど、トレーナーに声掛けてトレーナー交えてやった方がいいわよ。トレーナーは元々ここの選手だったりするから、二人でやるよりは攻めの練習も受けの練習も身になると思うわ」
と言って、トレーニングに再び戻った。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊