百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第六章 トレーナー4

「成程―――ね」
洋子とさくらの試合形式の練習で、亜湖がレフリーをやっているのを見て、トレーニングしながら香は呟いた。リングからトレーニングマシンまでは距離があるので会話の詳細は分からなかったが、香は洋子の意図を大体掴んだ。
「七、八、九、十……」
香はダンベルカールを数えながら十回やって、それからダンベルを下ろした。
「ふー」
と、一息ついてノートにこなしたメニューとどういう状態でトレーニングしたか―――、余裕だったのか、やっとだったのか、または出来なかったのか、出来なかったのなら何回までしか出来なかったのか。そういったトレーニング記録をつけた。そしてつけ終わると、さくらと洋子の試合形式の練習を休憩がてら見に行った。

洋子は技を掛けながらもさくらにアドバイスを送った。
「あああっ! ああっ!」
さくらは四の字固めを掛けられた痛さに声を上げていて聞く余裕など無いように見えたがそれでも洋子はアドバイスを続けた。そして亜湖にも、
「時々宮田さんに声掛けたりして」
と指示した。亜湖はさくらに、
「ギブ?」
と聞いた。さくらは、
「ノー、ノー! ああああっ」
と声を上げながら答え、首を振った。首の動きから遅れてツインテールが揺れる。肘をマットに付け上半身を起こした状態で少しずつロープに向かって体を引きずっていたが洋子が足に力を入れるとさくらは、声を上げてバタンバタンと暴れていた。
洋子が四の字を解くとさくらは横向きになり、足を曲げ、片手で膝を押さえ、もう片手で顔を押さえた。
「う……ううっ、ぐすっ…」
亜湖は泣いてしまったさくらの元にしゃがみ、声を掛けようとしたが洋子に止められた。
「長崎さん、駄目だよ。今のあなたは審判なんだから―――あくまでも審判として声を掛けるだけ」
そしてさくらには、
「宮田さんは泣くまで我慢するのは立派だけど、ただ我慢するだけじゃ駄目。何回も”返せ”って言ったよね? 今だって返せる強さで掛けたんだから」
とアドバイスした。そしてさくらのツインテールの髪を掴んで起こした。さくらは涙を拭き、フラフラと立ち上がりながらパンティを直した。洋子は、場外で椅子に腰掛けて腕組みして見ている香に、
「松本さん、ポニードライバー使っていい?」
と聞いた。香は、
「いいですよ」
と快く答えた。洋子はそれを聞くと、さくらの頭を股に挟み胴をクラッチして力を込めた。さくらも簡単には持ち上げられまいと抵抗した。しかし、洋子は自分よりもずっと大柄なさくらを簡単には担ぎ上げて、叩き付けた。
「ワン、ツー、スリー」
亜湖がカウントがスリーまで入った。さくらはリングに叩き付けられた瞬間、頭が真っ白になってしまい、返せなかった。
「大体宮田さんの力は分かったかな。これでも松本さんの本家に比べれば全然弱いよ」
洋子は立ち上がって言った。香が使う本家本元のポニードライバーはジェネラル美紗を倒す為に開発し磨いてきた技だった。最初に外人レスラーや良を倒した時と今ではまるで威力が違う。使う度に威力が増し、今では美紗でさえも、食らったら返せない、と思うだけの威力になった。だからこそ美紗は香にポニードライバーを絶対に出させないように仕留めてるのである。
最初は香自身のパワーが足りなかったのもあり、担いだ後に落とすだけといった感じであったが、今では勢いを付けて叩き付けている。そんな技を亜湖もさくらもまともに受けたのである―――。
「真似だけをしても本物には遠く及ばない、でも、それでも宮田さんは返せなかった。わかる?」
洋子は大の字になってるさくらに言った。さくらはコクリと頷いた。そして洋子は香を見た。そして香に、
「松本さんは何か言いたいことある?」
と聞いた。香はゆっくりと立ち上がって、リングサイドに来て肘を掛け、
「特にないわ。強いて言うなら亜湖との試合が見たい」
と答えた。さっきまではさくらが洋子のポニードライバーを返せなかった事についてとか、ポニードライバーの威力をどうやって上げたか等言おうと思っていたが急にどうでも良くなった。
「宮田さんが起き上がってからね。後あたしも少し休みたいし。現役離れてるからさ」
洋子は答えた。香は、
「了解」
と言って下がって椅子に座った。

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