百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第六章 トレーナー5

次にさくらがレフリーになり、亜湖と洋子が試合形式の練習をした。洋子は良が良く使う技を掛け、アドバイスをしたりした。
「長崎さんは自分で攻撃するのが苦手なのね。だからこんな極端な受け戦法なのか……」
洋子はそう思いながら次々に技を掛けた。
亜湖の髪を掴んで起こし、パイルドライバーを掛けた。亜湖はゆっくりと崩れ落ち、うつ伏せに倒れ、ビクッ、ビクッと痙攣した。
「うつ伏せでもそれはそれでなかなかエロティックね……」
洋子は呟き、痙攣する亜湖を眺めていた。さくらは亜湖の頬を軽く叩いたりしてから洋子の間に入り、中断した。
「センパイ……騙し気絶、上手いです……」
さくらは振り返って痙攣している亜湖を見て思った。痙攣が騙しなのか本当なのか、それはいつも一緒に練習しているさくらにしか分からないレベルにまでなっていた。亜湖自身は今、死ぬ程恥かしい思いで演技をしているわけだが―――。

騙し気絶の練習を始めた頃はどうしても恥かしさが先に出てしまい顔を赤くしてしまったりして、
「センパイ、顔赤いですよ」
とさくらに突っ込みを受けたり、後は痙攣の仕方がぎこちなかったり、収まり方が不自然だったりしたりしてどうしても上手く行かなかったが、それでも毎日練習の最後に組み入れてやってきた―――受け戦法で消耗しやすい闘い方をしている以上何らかの方法で試合中に休みたい一心で―――。
それでも恥かしい事には変わりない。特に試合では超ローアングル、足、股間からの映像を撮られている事を知ってるから―――。

亜湖の痙攣が止まるとさくらは試合再開し、洋子は亜湖の髪を掴んで起き上がらせ、後ろから亜湖の脇の下に頭を入れ、胴をクラッチした。そして後ろに放り投げた―――。
と思ったら上になってフォールしたのは亜湖だった。
「ワン、ツー!」
洋子は何とか返したが、想定範囲外の切り返しかつ、自分よりかなり大柄の亜湖にのしかかられる形になったので大ダメージを受けた。洋子は返した後、立ち上がろうとしたが膝から崩れ、手をついた。一方亜湖はバックドロップを返したもののダメージの蓄積があった為、軽く首を振ってから、それからゆっくりと上体を起こすしか出来なかった。
洋子は思った。自分のバックドロップの掛けた形が悪くて手が滑り、クラッチが甘くなって亜湖が体を反転させるスペースが出来たから脱出が出来たのではない。明らかに亜湖がバックドロップ外して返したのだ―――と。しかし、どうやってクラッチを外したのかは分からなかった。亜湖を持ち上げた瞬間、左手でクラッチしてる手を掴まれたのは分かったが、気が付いたら外されていたのだった。
兎に角自分が先に起き上がったのだからこれから攻めれば良い―――が、
「長崎さん、ここまでにしましょう」
と、洋子は亜湖の髪を掴んで立ち上がらせた所でそう言い、試合を止めて髪から手を離した。亜湖は座り込んで手を付き、下を向いて息を切らしながら、
「ハ……ハイ……」
と答えた。
―――一瞬頭に血が上った。たかが新人戦を終えて僅かしか経っていない亜湖にダメージを、しかも強烈なダメージを負わされたから―――。しかし、洋子がやる事はここで亜湖を叩きのめす事ではない。これから亜湖とさくらを強くしていく事だった。だから亜湖があの状況からでも返し技を入れて来れる事が解れば充分だった。

亜湖のバックドロップに対する見事な切り返しをリング外で見た香も驚いた。香も洋子と同じく亜湖がどうやってバックドロップを外し、返したのかは分からなかった。しかし、一つ分かった事は、洋子がバックドロップに行った瞬間に外す意思を見せた事―――。つまり洋子が亜湖を持ち上げる瞬間に自らも飛んで―――、狙って外しに行った事だった。
洋子がどういうつもりでバックドロップに行ったかは香には分からない。フィニッシュに行ったのか、それとも繋ぎに使ったのか。どちらにしろフィニッシュ技に使える程の威力を持つ技だけに、それを食らったら返せないと判断して亜湖は返しに行ったのか―――?

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