百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第六章 トレーナー6

「そうだとすると―――怖いわね」
この前のジェネラル美紗戦―――、香は勝ち急いだとはいえ、ポニードライバーを仕掛けた瞬間を狙われ、返されてからは美紗との体力差も出て、一気に劣勢に立たされ、敗れた。その事を真っ先に思い出した―――。
あの試合を見た亜湖は、自分から攻撃するのが苦手なら、相手にフィニッシュ技を仕掛けさせ、それを返し肉体的なダメージは勿論精神的ダメージも与え、一気に形勢を逆転させ、そして自分のフィニッシュ技を掛け、勝負を決める―――。そういう自分流の勝利のストーリーを描いたのではないのか?
もし香の今の考えが正しいなら狙われるのは唯一つ、ポニードライバーである。しかし、今の亜湖にポニードライバーに焦点を絞って狙いに行くだけの体力があるとは思えなかった。なら体力が付いたら―――?
しかし、それをやるには美紗級の体力が無ければ成り立たない。香をその戦法で倒そうと考えるのならば最低でも香よりも体力で上回らなければならなかった。
兎に角考え始めたらきりがない。亜湖がどうこうではなく自分がどうやるか―――。亜湖がその戦法で来るならそれでいい。それをさせなければいいだけの話だった。分かっていても返せない。少なくとも香が考えるフィニッシュ技はそうあるべきなのだから―――。
香は椅子から立ち上がりながら笑みを見せた。そしてリングに歩み寄り肘を掛けて寄りかかり、
「亜湖」
と声を掛けた。亜湖はしゃがんだ状態のまま顔だけ香に向け、乱れたボブカットの髪を指でかきわけながら、
「はい」
と返事した。香は、
「ふふっ、面白い戦法で来たものね。何処まで通用するか楽しみにしてるわ」
と口元に笑みを浮かべて言った。亜湖は香から視線をそらした。今の香の視線が怖かったから―――香は特に戦闘オーラを出した訳では無く普通にしていただけだが―――全てを見透かされた感じがした。今は無理でも何時か、という気持を。
「どうしたんですか? センパイ」
さくらが下を向いている亜湖に声を掛けた。亜湖は、
「ううん、何でもない」
と笑顔で答えた。そう―――さくらの前で不安を見せる訳にはいかなかった。亜湖は一回頷いた後、香に顔を向け、
「香さん。私―――」
と言った。香は、
「何? 言ってご覧なさい」
と言った。亜湖は立ち上がって、
「私、香さんと試合して、勝ちたいです……」
と言った。香は笑わなかった―――普通なら香や美紗クラスのメインを張り、賭け金もはね上がるタイプのトップ選手に対し新人が「勝ちたい」等言った所で、お笑いぐさだが、香は自分がかつて来た道を亜湖が追い掛けて来るだろう、と亜湖の顔付きを見て思った。
「笑うと思った?」
香は聞いた。亜湖は、
「いいえ」
と答えた。香は、
「そう……。頑張りなさいよ。ただ、いつか私に勝つつもりでいるなら、次の草薙さんとの試合、勝ちなさいよ」
と言った。亜湖は正直難しいと思った。試合までの時間があまりないし、良の闘い方も分からないから。それに引き分け狙いがやっとだと話してたばかりではないか―――。
「無理だと思った? 私は新人戦の次のシングル―――勝ったわよ。草薙さんクラスの人に」
香は返事をしなかった亜湖に言った。美紗に屈辱的な敗戦を喫し、その悔しさをバネにここまで来たが、そのスタートが新人戦後のシングルだった。
今の亜湖のように香は美紗に勝つ意思を表したが、その時の対戦相手には笑われた、お前みたいなやわっちいのが美紗に勝てる訳がない、と。その対戦相手は香にその直後に沈められた訳だが。
「じゃ、まだトレーニングが残ってるから」
香はそう言ってトレーニングに戻った。

「しかし、いきなり勝ちたい宣言か〜すごいよ」
洋子が言った。亜湖はさくらの前で弱気にならないようにしただけなのにいきなり香に勝ちたい等言ってしまい後悔はしなかったが、どうすればいいか分からなくなった。
「私も、頑張るからセンパイ。一緒に強くなろう」
さくらが言った。亜湖は、
「うん」
と答えた。

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