百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第七章 受けの美学?1

試合の日が来た。亜湖は緊張した面持ちでいた。一方さくらは試合が無い為別行動をしていた。亜湖は更衣室でいつもの様に服を脱ぎ、下着姿―――ブラジャーとパンティ、靴下にスニーカー姿になった。因みにこの日の色は白だった。そして両手で頬を叩き控え室に行き出番を待った。
さくらは亜湖の応援の為、事務室でモニタを見ることにした―――当然の事ながら下着姿で。さくらは白地に水色の縞模様のブラジャーとパンティ。靴下とスニーカーは白だった。
一方亜湖の対戦相手の草薙良はへそ出しで肌にぴったりフィットする白地のシャツに黒い半ズボン、黒いニーソックスとスニーカーという格好で亜湖とは別の控え室に入った。

香はさくらが事務所でモニタを見てるのに気付き、隣に座り汗を拭いた。香は高校卒業が近いため、学校が無いか短縮日程なので早めに来てトレーニングやスパーリングをやっていたのだった。そしてこの日は亜湖の試合時間に合わせてスパーリングの予定を組んでいたのだった。香は汗をびっしょりかいていたので体操服は汗を吸って肌に引っ付き、水色のブラジャーが透けて見えていた。
さくらは香が更衣室に寄ってから来た事が分かった。というのは、香はポニーテールを解いてストレートのロングにしていて更にメガネを掛けていたからだった。スパーリングや試合形式の練習の時はリングに上がる時と同じ状態で練習をしているからである。つまりその時は、メガネは更衣室のロッカーの中という事だ。
進路は―――? と思うかもしれない。香は国立の大学入試も済ませ、結果待ち状態だった。
「そういえば香さんは、卒業したらどうするんですか?」
さくらが疑問に思うのは当然だった。どうして丸紫を知ったのか、とかそういう事は聞いてないが、開城学園に在学中という事は知っていた。開城学園は県内有数の進学校で有名で、退学したとかそういう話は無い。現にこうやって短縮期間に入ったから早く来ているのである。
つまり、どう考えても経済的には豊かでしかも成績もいい。そんな香がどうしてここにいるのか、そして高校卒業したらどうするのか。さくらは知りたかった。
「続けるわ」
香はさらっと答えた。そして、
「二十歳になった次の年の一月には顔のモザイクが無しになるけどそれも承知よ」
と付け加えた。香は新人戦まで未成年に関しては顔にモザイクを入れる、という事は知らなかったから、ポニーテールにしてメガネを外し、体操服にハイレグのブルマ姿という今のスタイルを作った。だからモザイクが無くなると言われてもそれが引退の理由にはなりえなかった。
大体まだ美紗を倒していないし、"楽しめる"亜湖がいる。辞めるなんて思う訳が無かった。
さくらは何れ自分達にもモザイクが無くなる時にどうするか、という選択肢について考えなければならない時が来る事を思うと気が重くなった。亜湖とは年が違う、亜湖は"センパイ"なのだから―――。亜湖が引退したらさくら一人になるし、さくらの為に残ったとしたら顔を晒す事になる。
「私としてはその時が来たら引退を勧めるわ。風俗でもないのに顔出しで下着姿はきついでしょうね―――ただ」
と言って言葉を切った。さくらは不思議に思い、
「ただ―――?」
と聞いた。香は、
「あなた達が社長に直接スカウトされたって噂でね」
と言った。さくらはそれを話していいのかどうか分からなかったので、何も言わなかった。香はさくらの表情を見て、噂が真実であると確信した。

「もし本当ならば社長に聞いてみる価値はあるわよ。―――もしかしたらモザイクありのままにしてくれるかも知れない。あくまで"かも"だけど―――」
と言った。さくらは香から視線をそらし下を向いた。
―――きっとセンパイならこう言うだろうな。
私達は拾われたんだからお返し出来るまでは引退出来ないよ、と―――。
つまり亜湖は来るべき顔出しの日を覚悟しているだろうとさくらは思った。
考えてみればここに来て勢い良く服を脱いだあの時、亜湖もさくらもモザイクが顔に掛る事等知らなかったのだ。新人戦の時に初めて聞かされたのだった。失う物等無いと素のままの顔を晒す覚悟を決めていたのだった。それが未成年にはモザイクが掛る事を知った途端にいつの間にやら二十歳になった時の事を心配するようになっていた。
「ごめんなさい、センパイ……」
さくらは呟いた。香は今のさくらの言葉が理解できなかった。どうして亜湖に謝らなければならないのか。
―――さくらは覚悟を決めたんじゃ無かったの?
さくらは亜湖にそう言われている気がした―――。それが全てだった。今の自分のスタイルを選んだのはさくら自身であるのだから。亜湖はさくらの決意を見て、いくらその場の勢いだったとはいえ、さくら一人だけに下着姿のスタイルをさせるのは可哀想だと思い、自分も覚悟を決めてさくらに倣ったのである。つまりさくらには自分の行動に対する責任がある―――ということだった。勿論亜湖がさくらに倣ったのは亜湖に聞けば、自分の勝手であり自己責任と答えるだろうが。

香はそれ以上はこの件に関しては聞かなかった。本人達で解決しなければならない事であり、"友達になった覚えもないので"これ以上首を突っ込んでも意味が無かったから。
「もうすぐ始まるわよ」
香は静かに言った。汗が止まり、体が冷えて来ると汗を吸った体操服が冷たく感じた。

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