百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第七章 受けの美学?3

「攻撃苦手なのが見え見えね。早速返されたわ」
「ここまで受けだと攻める姿が似合わないな」
香と美紗はそれぞれ、亜湖の短かった攻撃時間を振り返った。しかし、それを聞いていたさくらは二人が亜湖を馬鹿にして言ったのではない事は分かった。見る目が物凄く真剣だったから―――。

二十分経過―――、良は時計係の場内放送を聞いて驚いた。亜湖の攻めは稚拙なので自分が負ける事は無いと思ったが、あと十分で引き分けになってしまうのである。
しかも殆んどの時間攻め続けておきながら引き分けになどなってしまったら、自分の評価は下がり、亜湖の評価が物凄く上がる。それはなんとしても阻止しなければならなかった。
良は亜湖の髪を掴み起こした後、持ち上げて、コーナーに放り投げた。
「ああ……っっ!」
亜湖は顔から激突するのは何とか防いだが、大ダメージを負ってそのまま崩れ落ちた。
「く…ぅぅっ」
亜湖は強く打ち付けられた胸を押さえ、コーナーの側で横向きに倒れて蹲っていた。額をマットに向け、髪で顔を隠す形にして表情を読まれないようにしていた。
良は亜湖の髪を掴んだ。その表情は自分の勝利を確信して―――。しぶとい亜湖でも今のは効いた筈だ、と思った。そして髪だけでなく腕も掴んで強引に起こした。
亜湖は空いた手で胸を押さえながら上体を起こし、片膝を立ててからゆっくりと立ち上がった。しかし、髪から手を離されると、胸のダメージの為、真っ直ぐではなく、前屈みの状態になっていた。
良は、胸を押さえ首を軽く振り、そしてロープに寄りかかろうとする亜湖を捕まえて自分の方を向かせて、胸に水平チョップを一発入れた。
「あ…あぐ」
と声を出し、胸を押さえながら膝から崩れそうになった。水平チョップ一発程度なら普通はダメージはそれほど受けないが、さっき打ち付けた所に入ったので苦しかった。
良はタイミング良く亜湖の後ろに回り、亜湖の脇の下に頭を入れ、胴をクラッチした。そして勢い良く投げた―――。
「ワン、ツー、ス……」
ギリギリで返した―――良が。フォールしていたのは亜湖だった。


「また……?」
香は呟いた。亜湖は洋子のバックドロップを返した時と同じように良のバックドロップを返した。美紗は、
「たしかアイツはバックドロップが決め技だったよな。て事は亜湖のヤツは決め技狙いか……?」
と言った。香はそれを聞いて、
「でもあなたのパワーボムや私のポニードライバーを同じ感覚で返せると思ってもらったら困るわね」
と言った。美紗は、
「亜湖が返すつもりならそうさせないまでだ」
と答えた。さくらは二人の会話を黙って聞いていた。

良は全く想定していなかったので亜湖の返し技をまともに受けてしまい、後頭部を押さえて蹲ってしまい、全く動きが止まってしまった。
一方亜湖は良のバックドロップを返したものの、胸のダメージは大きく、ゆっくりと起き上がるのがやっとだった。それでも亜湖が先に起き上がったので、パンティを直した後、良の髪を掴んで起こした。良は立ち上がったもののフラフラしていてちょっと攻撃を入れればすぐに倒れそうだった。亜湖は打撃は入れなかった。その代わりに―――。
さっき良にやられた事をそのままやった。良の脇の下に頭を入れ、胴を両腕でクラッチし、後ろにブリッチするように綺麗に放り投げた。亜湖の臍投げ式のバックドロップ―――。
投げ終わった後、這うようにして良に覆い被さり、片足を固めてフォールした。
「ワン、ツー、スリー!」
カウントスリーが入り亜湖がバックドロップからの片海老固めで初勝利を飾った。亜湖はそのまま転がって良の体から離れ、リング上で仰向けになり片膝を立て、そして両手で顔を覆った。
良との対戦が決まった時から馬鹿にされてその屈辱に耐え、そして試合でも良の攻撃に耐えて耐えてまた耐えて、そして掴んだ初勝利は格別だった。しかも決めたのは自分が選んだバックドロップで―――。
香に言われてフィニッシュ技を何にするか考え、さくらと共にいくつか試した。さくらは技を受けた時に声を出したがバックドロップの時は声を出せなかった。その為亜湖はバックドロップを選んだ。そして選んだからには自分が食らう訳には行かない、という事で、色々なパターンでさくらにバックドロップを掛けて貰い、返す練習を何回も何回もやった。
さらに洋子がトレーナーになってからは激しさを増してさくらと洋子に何回も投げられひたすら受け身を取り続けた―――。
亜湖はゆっくりと立ち上がり、パンティを直した。パンティが汗でビッショリになっているのに気付いた。そしてブラジャーのストラップが片方肩から外れていたのでそれも直した。そして良を見下ろした。良はまだ立ち上がれずにいた。
亜湖のバックドロップが強力過ぎたのもあるが、それだけではなかった。自分のフィニッシュ技であるバックドロップを返され、バックドロップで敗れたから。しかもあれだけ馬鹿にしていた亜湖に―――。
亜湖は何も言わずにリングから降り、控え室に戻った。そして控え室でドリンクを飲んだ後、事務所に行った。

「センパイっ!! おめでとうございます!」
さくらは亜湖が事務所に入るや否や亜湖に抱きついた。亜湖は、
「さ、さくら……、ありがとう」
と顔を赤らめながら言った。
「勝って、勝って嬉しいです……」
さくらは亜湖の肩に顔を埋めて声を震わせながら言った。尊敬する亜湖を馬鹿にした良を許せなかった。しかし亜湖は結果を出してないから馬鹿にされても仕方がないと抗議するさくらを止めた。そして直接対決で勝ち、結果を出した。それが嬉しかった。
「さくら……、さくらまで汗臭くなっちゃうよ……」
さくらに抱きつかれてるのを香と美紗にじろじろと見られてるのが恥ずかしかった。しかも二人とも下着姿――― 一見百合カップルである。
「センパイだったら……いい」
さくらのツインテールの先も亜湖の胸に着き汗を吸って重くなった。

「……兎に角、おめでとう」
香は席を立ち、抱き合う二人の横を通り過ぎざまに言った。亜湖は、
「香さん……ありがとうございます」
と答えた。香は振り向いて、
「ただ、これであなたの事を甘く見る人はいなくなったわ。気を付ける事ね」
と言った。そして向き直って事務所から出て行った。美紗も続いて、
「香みたいにあたしに勝つつもりで来る日を待ってるよ。まああんたは香とは逆に受け戦法だから何処まで受け切るか楽しみだよ。ま、初勝利おめでとう」
と言って出て行った。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊