百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第七章 受けの美学?4

亜湖とさくらは暫く事務所で勝利の余韻に浸っていた。するとそこに良が入って来た。良は全身汗びっしょりのまま、乱れた髪も直さずに来たようだった。シャツは元々体のラインにつくタイプのものだったが、汗でベッタリ肌につき、赤いブラジャーや肌が透けて見えていた。
さくらは亜湖の前に立ち疲れている亜湖をかばった。
「ご、馬鹿にしてごめんなさい……」
良は悔しさを顔に表しながら謝った。謝るなんて本意ではない。でもそういう所はきっちりしないと気が済まない性格でもあった。自分が亜湖を馬鹿にした時、亜湖は「勝った事が無いから」という理由で耐えた。その亜湖に自分が負けた―――、という事は勝った亜湖に対しては謝らなければならない、と思ったからである。
「でも、次は……、負けない。さくら……あんたにも」
そう言って事務所から出て行った。

良と入れ替わりで入ってきたのは社長だった。
「初勝利おめでとう―――」
社長は亜湖の勝利に賛辞を言った。亜湖は、
「ありがとうございます」
と答え、頭を下げた。さくらも一緒に頭を下げ、
「あ、ありがとうございます」
と言った。社長は、
「これからも頑張るように。貴方達には期待してるのよ」
と言った。亜湖とさくらは少し緊張した表情を見せた。社長は、
「それと―――次のカードを伝えるわ」
と言い、一瞬あの、チンピラを追い払った目付きを見せた。亜湖は何だか嫌な予感がした。逆らう事は許さない、といった感じに見えたから―――。
「亜湖さん、さくらさん。次の相手は―――」
亜湖はまさかと思い、すぐ隣にいるさくらを見た。さくらは社長を見て次の言葉を待っていた。

「パートナーの貴方達で闘って貰います」
そのまさかだった。
「さくら……とですか……?」
亜湖は社長に聞き返した。社長は、
「そう」
とだけ答えた。さくらは、
「ちょ、ちょっと待って下さい。何でセンパイと闘わないといけないんですか?」
さくらが一歩前に出て社長に抗議した。社長は、
「貴方達の為よ」
と答えた。さくらは首を振り、
「納得出来ません。もっと分かるように言ってください」
と訴えるように言った。亜湖はさくらを止めたが、さくらは亜湖を見て、
「センパイだって嫌でしょ?? 闘いたくないです」
と言い社長に説明を求めた。すると社長は目でさくらを制した。さっき一瞬見せた目付き―――。さくらはビクッと脅え、一歩下がった。すると社長は一歩前に出た。さくらはまた下がろうとするが肩が亜湖に当たり、下がれなかった。
「亜湖さんとさくらさんはずっと一緒でしたよね?」
社長は亜湖に聞いた。亜湖は、さくらを守るようにさくらと位置を入れ替えた。そして短く、
「……はい」
と答えた。社長は普通の目付きに戻り、
「そしてさくらさんは可愛い後輩ね」
と聞いた。亜湖は、
「はい」
と答えた。社長はさくらに、
「亜湖さんは大事な尊敬する先輩よね?」
と確認した。さくらは、
「は、はい」
と答えた。社長は、
「だから闘うのよ」
と言った。まだ納得行く答えは貰っていないがさくらはさっきの様に反論しなかった。いや、出来なかった。
「亜湖さん―――」
社長が言った。亜湖は緊張した状態で、
「はい……」
と返事した。社長は、
「あなたはさくらさんが後輩だから、自分が守らないと、っていつも思って行動してますね。それはいいのだけれど、行き過ぎていませんか? さくらさんを自立出来なくしてるんじゃないかしら? さくらさんは守られて当然―――そこまで行くとそれはあなたの驕りやエゴじゃなくて?」
と言った。亜湖は何も反論する事が出来なかった。
「そしてさくらさん。あなたはそんな亜湖さんに依存しすぎじゃないですか? それはここに来てからも基本的に変わらず、たまに行動力は見せるけど普段は先輩依存ね。それではあなたはいつまでも勝つことは出来ません」
さくらにはそう言った。さくらも亜湖同様何も反論する事が出来なかった。社長は、
「小学生の子供ならそれでもいいでしょうね。でももうすぐ亜湖さんは十八歳、さくらさんも十七歳。そろそろお互いに大人の女性として相手を見た方がいいんじゃないかしら?」
と言った。お互いにお互いを一人の大人として認め合う―――。
「分かりました。全力でさくらと闘います」
亜湖は返事した。それに対し社長は満足そうな表情を浮かべた。
「尊敬しあってるからこそ全力でぶつからないと解らない事だってあるんです。それを確かめなさい」
さくらはまだ亜湖とは闘いたくない気持ちでいたが、亜湖が闘う意思を見せた以上それに従うのが亜湖の気持ちに応える事なのは分かっていた。
「わたしも、センパイと……闘います」
さっき、センパイに依存しすぎと言われた。今の意思決定も亜湖に依存した形になったが、いきなりは変われないし、何処をどうすれば自立出来るのか分からなかった。しかし、社長はそれに対して突っ込んでは来なかった。

亜湖とさくらはその後マッサージを受けた後シャワーを浴び、服を着てマンションに帰った。その間二人は会話を交わす事は無かった。
社長は二人の仲を裂こうとかそういう事を考えている訳では無いことは亜湖もさくらも理解していた。しかし、お互い隣にいるのは闘わなければならない相手、と意識するとどうしても言葉が出なかった。
「さくら」
亜湖が声を掛けた。さくらは返事せずに顔を亜湖に向けた。亜湖は、
「私達はいつものように行こうよ。香さんみたいに試合近くなったら声掛けるな、とか言うのは無しで―――。試合前までいつも通りで、それで試合では全力で闘えばそれでいいと思う」
と言った。さくらは、満面の笑顔で、
「ハイっ、センパイ」
と答えた。

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