百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第八章 亜湖対さくら2

そういえば、亜湖「センパイ」と呼ぶようになったのはいつからだったろうか―――。さくらは学校からまっすぐマンションに帰らず、駅の百貨店内にある喫茶店で時間を潰しながら考えていた。
最初の頃―――同世代の子達が沢山居た頃は亜湖ちゃんと呼んでいたのは覚えていた。少し経ち、同世代の子が半分くらいまで減り、その分亜湖との接点が増えて仲良くなった小学校高学年の頃は、亜湖お姉ちゃんと呼んでいた。その当時はさくらは今と同じように髪は長かったが、色々な髪型をしていたがある日、ツインテールにしてみた。
「センパイは……覚えてるのかなァ」
さくらは呟いた。ツインテールにしたさくらに対して、
「さくら、かわいいよ」
と言ってくれた事を―――。それ以来ずっとさくらは髪型をツインテールに固定していた。確かに亜湖はさくらに対して髪型に限らず色々とかわいいと言ってくれたし、今も言ってくれる。しかし、この時は本当にツインテールになったさくらと会った瞬間だった。それだけに印象が強かった。
中学生になったら目上にたいして"先輩"と付ける様になる。さくらもそのクチだったが、実は少し早かった―――、さくらにとっては。さくらが中学生になる前だった事は覚えているが、具体的に何時だったかは思い出せなかった。亜湖が中学の制服に身を固めていたのを羨ましがり、そして自分も早く制服を着たい。そう思っていた時に、たまたま、中学では"先輩"と付けるんだよ、と誰かから聞いたのだった。
その日だったかもう少し後だったか―――、亜湖が(孤児院に)中学校から帰ってきた時に、
「亜湖センパイ―――」
と言ったら亜湖は驚いたのを覚えている。亜湖は笑顔を見せて、
「さくらも中学生になりたいんだね」
と言った。さくらは、
「ハイっ、センパイ」
と満面の笑みで答えた――――――。

ずっと自分の成長を見てくれた亜湖とは今日は別行動。いつも一緒にいるのが当たり前だったさくらにとっては一人で喫茶店に入るのも新鮮で、そして恐かった。しかし亜湖と約束した以上、絶対に約束を破る訳には行かなかった。
「すみません、チョコレートパフェを一つ―――」
ウエイターの女性にさくらは注文を追加した。いつもだったら亜湖がさくらに何が欲しいか聞いて代わりに注文してくれた。しかし、注文も自分でやらなければならない。勿論、学年だってクラスだって違うわけだから亜湖と一緒に居られない時間だってある、そういう時にやっていたのだから出来る事は出来る。しかし、そういう時間が終わればいつも亜湖と一緒でやってもらっていた。そういう時間が終わったにも関わらず、亜湖と別になってるのって何時以来だろうか―――。それを思い出す事は無かった。
「センパイは私とどう闘いますか? そして私は―――」
さくらは呟いた。勿論その呟きは周りの音に消されて誰の耳にも入らなかったが―――。
「私は、センパイにどれだけ通じるんですか―――?」
亜湖の後ろにずっとついて行ってたさくらは、亜湖が運動好きだった影響を受けてさくらも運動好きになり、亜湖のやっていた運動は大抵出来た。しかし、それは出来た、という事であり例えそれがクラスの中で上位に入っていたとしても(競争ではないのだが)亜湖には何一つ敵わなかった。そして、この闇プロレスでもそうなのだろうか―――? と疑問に思った。
さくらはチョコレートパフェを食べ終わると会計して、喫茶店を後にした。
「香さんに聞いてみようかな……」
さくらは、香の事は内心好きではなかった。香は友達関係を否定するが、亜湖と香は親しく会話するから、亜湖についていくさくらは結果的に香との付き合いがある、ということだった。さくらにとっては香は亜湖に恥をかかせた人、という認識が根底にあった。あのタッグマッチの時、亜湖を半殺しにした上ブラジャーを奪い、顔にモザイクが掛かっていたとは言え亜湖の乳房、乳首をネット上に晒らさせた人なのだから。
しかし、それでも香に聞きたいと思った。自分が亜湖にどれだけ通じるか、それを聞くにはこの前負けた良では参考にならないし、直接試合したことがない美紗には何となく聞き辛い。そうなると、時々一緒に行動する香が一番聞きやすいのではないか、と思ったのだった。

亜湖は練習室に入ろうとした時に香と会った。
「こんにちは」
亜湖が挨拶すると香も、
「こんにちは」
と返した。香はいつもの様に体操服にハイレグブルマだったが、メガネを掛けていてポニーテールにはしていなかった。亜湖は、
「香さん、一つお願いがあります」
と言った。香は、
「何?」
と答えた。亜湖は、
「今日一日、練習相手して頂けますか? ただ―――」
と言った。香は、
「ただ?」
と聞いた。亜湖は、香から視線を外して、
「さくらには言わないで欲しいんです。香さんと練習した事」
と答えた。香は、
「分かったわ。じゃ、入りなさい」
と言って、練習室に先に入った。亜湖は香についていき、ドアの前の札を"使用中"に掛け替えて入った。
「でも何で私と?」
香は腕に掛けていた髪を縛る為の輪ゴムを外してポニーテールにし、メガネを外しながら聞いた。亜湖は、
「さくらと闘う事になったんですが」
と答えた。香は、
「闘う気持ちになれない、とか?」
と少し不快感を示し目を細めて聞いた。亜湖は、
「いいえ。闘う気持ちには出来てます。ただどう闘えば―――」
と答えた。香は普通の目付きに戻り、
「私には分からないわ。一人っ子だから、姉とか妹とかそういう関係は」
と言った。そしてリングに上がり、
「上がって来なさいよ。あなたが今さくらにしたいと思ってる事、見せてよ。今思ってる事でいい」
と言った。亜湖は、
「はい」
と返事して香に続いてリングに上がった。


香はどうやって攻めるか考えた。さくらは基本的には大人しいが、亜湖より感情の起伏が大きく、特に亜湖の事を馬鹿にされたり恥をかかせたりしたら感情を表に出す激しさも持っていた。
そんなさくらを自分なりに分析してさくらっぽい攻め方をしようと思ったが、最初はどうするのか予想が出来なかった。

取り合えず組み合うことにした。さくらっぽい攻めかた、とはいっても真似しようと思うのはあくまでも展開であり、力の掛け方は本気で行こうと思っていた。
亜湖と組み合い、香は亜湖を押し込んだ。
「本気で行くわよ」
香は亜湖に言った。亜湖は、
「は、はいっ」
と香の凄みに押されながら返事した。

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