百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第八章 亜湖対さくら3

20分後―――、亜湖は汗びっしょりになってうつ伏せに―――いや、正確に言うと左膝をついた状態で前のめりに倒れていた。右肩と頭をマットにつけ、左肩は少し浮き、尻を突き出した状態で、そして左膝をつけて右足は真っ直ぐに伸び、両腕はだらんとしているという軽く蹴飛ばせば崩れ落ちそうな不安定な格好だった。その状態でビクッ……ビクッと間隔を開けて小さく痙攣していた。
香はそのような格好で倒れている亜湖の左脇腹を爪先で軽く小突くと亜湖は大きくビクッと一回反応し、左膝が滑ってベシャッとうつ伏せに崩れ落ち、そしてまた小さく痙攣した。
香は亜湖の髪を掴んだが亜湖は起き上がらなかった。呼吸は激しく乱れ、乱れた呼吸に合わせて背中が上下に動いていた。体は汗で、オイルを塗ったくったような状態の様にキラキラ光り、ブラジャーとパンティーは汗をたっぷり吸っていた。
「ここまでかな」
香は亜湖を見下ろしながら呟いた。さくらが亜湖と練習していた時に使っていた技を使い闘った。亜湖はそれを全て受けたが香が使うその技の威力は高すぎ、とうとう受けきれなくなって気絶してしまったのだった。
「全く……私の攻撃を全部受けきれるとでも思ったの?」
香は呆れた表情で腰に手を当てて、亜湖を見下ろして言った。しかし、今回の亜湖の受け方から、香は亜湖がさくらとどうやって闘おうとしているのかは大体分かった。香はリングから降り、リング下からペットボトルを取り出し、再びリングに上がり蓋を外した。
そして立ったまま亜湖の頭に水を掛けた。普通なら頭のそばにしゃがんでそっと水を掛けるものだが、香は立ったままペットボトルを傾け、水を掛けた。亜湖の頭に掛かった水が一部跳ね返り、香の靴にも掛かったが香は気にも留めなかった。亜湖はビクッと反応し、頭を持ち上げた。
「香さん―――私……」
上半身を起こし、頭を押さえながら言った。香は水を垂らすのをやめて、
「……結構長い時間、痙攣してたわよ。兎に角今日はここまでね」
と言った。亜湖はそれを聞いて、香にそれをずっと今の様に仁王立ちの状態で見られていただろうと思うと恥ずかしさを感じて顔を赤らめ、両手で顔を覆った。両手で顔を覆ったまま、
「や……、き、気を失ってたんだ……」
と言うと、香はペットボトルをマットの上に置き、
「そうしたんだから当然よ―――あなたと私の力の差はそれ位有るわ」
と言った。亜湖は、
「……済みません。でも―――」
と言った。香は亜湖を制止し、
「分かってるわ。さくらの技を受けきろうってんでしょ?」
と言った。さくらと香では技の威力が全く違う。さくらの技を受けきれるかどうかを試したいならばもっとさくらに筋力や体力等が近い人に頼めばいいのに、試す為に自分に頼んで来たのが気に入らなかった。その為亜湖を叩き潰して気絶させ、更に気絶した亜湖に対し立ったまま水を掛けたりしたのだが一方、逆に頼んでくれたのが嬉しくもあった。
香は美紗と同じく第一線で闘っている。要は最強ランクにいる。香は美紗に勝つ為に純粋に強さを求め、試合では勿論、中堅になった頃から練習でも相手を叩き潰し始めた為、今の亜湖の様な目にあうのを恐れ誰も、香とは練習したがらなくなったからだった。
一方亜湖はおそらくこうなるだろう事を頭に入れて香に練習相手を頼んだ。受けきるという事を試すと同時に、まださくらと闘う事に対して完全に踏ん切りのつかない自分を叩きのめしてくれる事を期待出来るのは香しかいなかったからだった。亜湖は、
「はい……さくらは私にぶつかって来て欲しいんです」
と答えた。

「亜湖さん? さっき帰ったわ」
社長は電話で答えた。横にいた銀蔵は、
「珍しく別行動か」
と呟いた。

その電話の二十分後―――、午後八時四十分。さくらが来た。社長と銀蔵に挨拶した後、事務所に行くと香がいた。
「か、香さん―――」
さくらは香に声を掛けた。香は、
「手短にお願いするわ。見ての通りもうすぐ帰るから」
と答えた。香はすでに普段着―――、ロングのストレートの髪型にメガネを掛け、そして膝までのスカートを穿いてジャケットを羽織っていた。さくらは緊張したが、香に聞こうという昼の決心が鈍らないように、頬を叩き、
「私は亜湖センパイにどれだけ通用しそうですか? 勝つにはどうすればいいですか?」
と単刀直入に聞いた。香が体操服+ブルマ姿で居たなら質問だけでなく、練習相手も頼もうかと思ったのだが、香は帰り支度を済ませて居たので聞く事しか出来なかった。香は何を馬鹿な事を、と思った。亜湖が必死に香の技を受けていた時にさくらはここには居なかった。別行動なら別の部屋でトレーニングなりしていれば良かったのにそれもせず今になって来たからだった。
しかし、別の見方をすれば、さくらはさくらなりに悩んでいたのかも知れない、とも思えた。さくらの自分に対する態度から察すると、香に聞いてくるなんて事は考えられないと思ったからだった。
「恐らく、あなたでは勝てないでしょうね」
と答えた。さくらは、
「そう―――ですよね……? そう思いますよね?」
と言った。香は、
「でも、絶対では無いと思うわ。あなたの明日から、いや、今日は練習は出来なくてもトレーニングなら出来るわ。要は試合までの過ごし方次第で」
と答えた。そして更に、
「こういう時って後輩は先輩の期待に応える為に頑張るものよ。あなたは―――」
と言い一呼吸置いた。さくらは、
「私は―――?」
と確認すると香は、
「攻撃は苦手でしょうが、攻撃しなさい。それ以外に無いわ。膠着状態からの体力勝負になるとあなたは絶対に負けるから―――。そうね」
と言い。右手の平をさくらに見せる様に出し、それを左手の人差し指でツンツンと叩いた。そして、
「じゃ―――」
と言って事務所から出て行った。さくらは香の最後の仕草の意味が分からなかった。しかし、考えても仕方が無かったので、急いで更衣室に入り勢いよく服を脱ぎ、下着姿になって練習室に入った。
さくらはノートに今日のトレーニング、と題して毎日つけていた。そのメニューに従いトレーニングを行い、終わると床に倒れこんだ。そしてまたさっきの香の仕草の意味を考えた。
「掌で何かする―――、そうか……」
さくらはその意味が何だか分かった。やりたくないと思ったが多分香はそういったさくらの心も分かった上で教えてくれたので、兎に角やるしかない、と思った。

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