百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第八章 亜湖対さくら8

「さ……さくら。終わった……よ」
亜湖はさくらに覆いかぶさったままの状態で呟いた。さくらは気を失っていたので亜湖の声は聞こえていなかった。覆いかぶさってる亜湖に、さくらの呼吸と、心臓の鼓動が聞こえた―――。
亜湖はさくらが気絶している事に気付き、身を起こしさくらから離れた。そしてレフリーにさくらが気絶している事を伝え、さくらを回復して貰う様に言った。レフリーはさくらの脈を見て頬を叩き、
「水」
とリング下の控えに言った。リング下から水が投げ込まれると、ペットボトルの蓋を開けてしゃがみ、さくらの顔に水を掛けた。
さくらは手を握られている事に気付き、握り返した。レフリーは、
「宮田さん、試合は終わったわ」
と言った。さくらは、
「……私……負けたん……です……ね…?」
と聞いた。レフリーはさくらの後頭部に手を回し頭を起こしてからまた水を掛けた。
「あなたの負けよ。勝ったのは長崎さん」
レフリーはそう告げた。亜湖は、
「さくら……」
と声を掛けた。さくらは、
「センパイ……」
と答えた。亜湖はさくらの手を引き、起こそうとした。さくらも立ち上がろうとした。亜湖はもう、さくらの髪は掴まない。試合は終わったのだから―――。さくらを立たせ、そしてさくらは何とか立った。
そして亜湖はさくらを抱きしめた。
「さくら―――ありがとう。よく頑張った。あそこまでさくらが攻めてくれるとは思わなかったよ……」
と言った。さくらはだらんと腕を垂らし亜湖を抱きしめ返す事は出来なかったが、
「センパイ……私、センパイをビンタしましたよね……? それは、ツインテール解かれたのに頭に来て……センパイの事尊敬してるのに……大好きなのに……ごめんなさい」
と言った。亜湖は何も答えずさくらの言葉を待った。さくらは、
「試合なんだから、ゴムに手が掛かればそうなりますよね……ごめんなさい。センパイはビンタされても怒ったりしなかったですよね……? だから私……まだまだです……」
と続けた。亜湖は首を振って、
「ううん、ビンタは気にしてないから大丈夫。だって試合なんだからいいんだよ。私をどうしようと、いいんだよ。さくらが私に手を挙げた―――。私を叩く事が出来た。理由は頭に来たとかでも、それでも私に向かって来た、それだけでいいんだよ」
と言ってギュッと抱きしめた。さくらは、
「センパイ……私……」
とそれ以上言葉は出なかった。亜湖はさくらから離れ、今度はさくらの腕を掴み手を挙げ、さくらの健闘を称えた。さくらは、
「有難う御座います、センパイ……」
と言った。そして亜湖が勝ち名乗りを受けた。さくらはその勝ち名乗りを黙って聞いていた。さくらは
「センパイ、また勝ち星が増えましたね、おめでとうございます」
と思った。

「じゃ、戻ろう。さくら」
「ハイ、センパイ」
亜湖はようやく笑顔を見せたさくらに肩を貸し控え室に戻った。
試合が終わったので、この時だけ敵同士になった亜湖とさくらは、また先輩と後輩、そしてタッグのパートナーに戻った。
「折角可愛いの付けて来たのに、こんなにぐっしょりじゃ……さくらと闘うからこれにしたんだよ」
亜湖はブラジャーとパンティを触りながら言った。さくらは、
「私の色って事? そこまで……考えてたんですか? 私は―――ただ可愛いのにしたくてこれに」
と言った。さくらもぐっしょり汗を含んでるブラジャーとパンティを触った。
二人で会話している時に、
「宮田さん」
と声を掛けられた。さくらは、
「はい」
と振り向くと、洋子だった。洋子は、
「二回も気絶したから念の為、診てもらって」
と言った。そして亜湖の方を見て、
「長崎さんも長く気絶してたから見てもらった方がいいかな」
と言った。亜湖は、
「はい、分かりました」
と答えた。
丸紫では選手の安全を考え、試合中に何かあった時、特に気絶や大量出血があった時には病院で診て貰えるように手配してくれる。さくらは亜湖にジャーマンスープレックスを仕掛けた時と最後の二回気絶していたから病院に診て貰う対象になった。
「まあその前にシャワー浴びなさいな。それだけ元気なら、直ぐに危なくはならないだろうから。兎に角外で待ってるよ」
洋子は言った。

亜湖とさくらは病院から帰って来て結果を報告しようとしたが、先に帰ってきていた洋子だけでなく亜希子と社長、そして銀蔵もいたので言い辛くなった。結果のいい悪いではなく、沢山いるから、という単純な理由だった。
「服着てるのなんて久し振りに見た。着ちゃうなんて勿体無い―――さっきの試合での下着姿、可愛かったのに」
メイド服姿の亜希子が悪戯っぽく笑って言った。亜湖とさくらは真っ赤になってうつ向いた。以前に良も言ったが、如何にも脱ぎそうな人ではなく、普段は下着姿どころか中が見えないレベルで少しスカートが捲れただけで恥ずかしそうにする二人がここでは下着姿で闘う―――、そのギャップと、普段からそうだったのかも知れないが下着姿で闘う事を決めてからは下着にも気を使って可愛く見せようとしているが気に入ってた。

「そう―――良かった」
亜湖とさくらの結果を結果を聞き、洋子は安心した。社長も頷いていた。

「闘わせて良かったわ―――」
社長は一息ついた後言った。
「お互い気絶するまでやるとは思って無かったわよ。最悪手を抜いたり示し合わせたりする可能性も考えていたから」
と言った。それをやったらどうなるかは亜湖もさくらも予想できていた。しかし、二人は仮に分からなかったとしても一生懸命闘う事を選択しただろう―――。

さくらは美紗や香に対して十分以上粘り、良には粘り勝ちした尊敬するセンパイにどれだけ通用するか、兎に角攻めて攻めて、平手や椅子、鉄柵などルールの範囲内で手段を選ばず可能な方法で攻めてセンパイを倒そうとした。そして亜湖はそんなさくらの技だけでなく、センパイに勝つんだという気持ちと一緒に全力で受け止めた。
結果は亜湖の勝ちでさくらの負けだった。しかし二人は勝ち負け以上の物を手に入れた―――。

「センパイ」
さくらが言った。亜湖は、
「何?」
と言った。さくらは、
「一年後―――またやりたいです、試合。後、これからも色々お願いしますっ。パートナーとしてやっていきたいです」
と言った。亜湖は、
「そうだね、私からもお願いするよ。ずっと一緒にやろうね」
と答えた。
さくらが自分の意思で言ってくれた事が嬉しかった。ただ亜湖に付いてくる存在からお互いをパートナーとして認めあう仲、こういうものなのかな、亜湖は―――そう思った。

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