百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第10章 記念試合1

試合前日―――。香は丸紫の事務所に入るなり社長に呼び止められ、
「この前言い忘れたから言うわ。あなた、今回の試合が終わったら最低一ヶ月はトレーニングと練習のみにしなさい。つまり試合には出ない事。暫くは試合は組まないわ」
と告げられた。香は突然の事に理解出来ず、
「何故ですか?」
と聞いた。丸紫では怪我をしたら強制的に休まされる―――というのは知っていた。体を壊されたら元も子も無いし、怪我した本人は勿論相手もガチンコで闘えなくなるからだった。つまり怪我の重さに因っては強制引退も有り得るという事だった。
しかし、香は何処も悪くなかった。さらに疲れがたまっている訳でもなかった。その為、社長の休養勧告の狙いが分からなかった。
となると自分が最近試合をやりまくってるので賭けが成立しなくなって来たのか、とも考えた。
「単純に試合のし過ぎよ」
社長はそう答えた。香は、
「―――私が試合すると賭けが成り立たなくなりますか?」
と聞いてみた。社長はフッ、と笑い、
「貴方は最高の選手よ。賭け自体は美紗よりいい数字を取ってるわ」
と言って香に近付き、香の顎を人指し指で持ち上げた。香はまだ美紗に勝っていない身、"自惚れるな"と叱咤される事を予想してカマかけたが想定外の言葉だったので反応出来なかった。
「志願の試合を二試合やってるわ、しかも本来貴方クラスの人なら相手にもしない新人に対して―――。あなたはオーバーペースよ。亜湖さんやさくらさんに何をこだわってるのかしら?」
社長はそう言った。試合した事そのものは勿論だが、試合の進め方等、内容からも香のこだわり振りを感じていた。そして香の顎から指を離した。
「……」
香は見透かされた気持になった。志願した試合は新人戦とタッグマッチ。今回も亜湖とさくらを指名している―――。
「叩き潰したいからです」
香は答えた。社長は、
「その目付き好きよ―――」
と、戦闘モードに入った顔付きになった香に言った。しかし、首を振った。そして、
「でも―――、違うわね。その目付きは美紗さんに対するもの。亜湖さんやさくらさんに向けるものではないわね」
と言った。香はそれ以上言わなかった。亜湖を叩き潰す等そんな事は考えていなかった。ただ、楽しめればそれでいい―――。次は何をしようか、と考えていたのだから。それを完全に見透かされては社長の勧告に従うしか無かった。
「分かりました。試合は休みます」
香は戦闘モードを解き、視線を斜め下に向けて言った。
「貴方は大事な選手よ。少し位賭け金が減っても構わないわ」
社長はそう言って事務所から出ていった。

香は暫くそのまま立っていた―――何も出来ずに―――。そこに制服姿の亜湖とさくらが入って来て、
「こんにちは」
と挨拶した。香は我に返り、
「こんにちは」
と返した。そして亜湖とさくらの横を通り過ぎ、事務所のドアノブに手を掛けた。亜湖は香の様子がおかしい事に気付き、
「香……さん?」
と呟いた。香は亜湖の声が聞こえたので、
「何でもないわ。明日はいい試合を―――。貴方達、お気に入りの下着にしなさいよ」
と言ってドアを開けて更衣室に行った。その時ほんの一瞬見せた目はあの―――闘争心を表に出した目だった。


この試合が終わったら暫く試合が出来ない―――。もっとも暫くであってずっとではないし、練習や研究、トレーニングは出来るのだから、真面目にやっていれば弱くなる事は無い。
良く考えてみれば、亜湖とさくらが入るまでは香は栄子程ではないが試合間隔を開けていた。月に一回〜一月半に一回位に。
それが亜湖をターゲットに加えたら急に試合が増えた―――いや、自分の意思で増やしたのだった。亜湖でエンジョイし美紗でエキサイティングする為に―――。
そのペースを前に戻すというだけの話なのだが、今の香にとって一ヶ月試合が出来ないというのはとてつもなく長く感じた。


「香、今日はいつもに増して気合い入ってたね」
練習が終わった後、栄子が言った。試合前日なので作戦等色々な事の確認で、軽く流したのだが、流し方からも香の気合いを感じたのだった。
「ええ……。明日絶対勝つから」
香はそう答えた。"勝ちたい"ではなく"勝つ"と言い切った。一ヶ月試合が出来ないのだから勝っておきたい、だからこそ、その意思を相手より強く持つ為に言い切った。


試合の日が来た―――。香はいつもの様に体操服とハイレグのブルマ姿になった。この日は青にした。そして、髪をポニーテールにしてからリボンでとめた。リボンは真っ赤で少し太めのものにした。普段は模様の入った可愛いリボンにしているので、控え室に入るなり、
「珍しいね」
と栄子に言われた。香は、
「ええ―――。ここまで素赤があるとは思わなかったわ」
と答えた。しかし真意―――美紗と亜湖を完璧に沈めそして休養に入るために選んだ"血の赤"であること―――は言わなかった。
香はいつでも美紗と闘えるように備えてきた、勿論今回も。トレーニングは誰よりもやり、そしてそれで得た力が最大限に発揮できる様にトレーニングは二日前に打ち切り、後は細かい確認と体のケアに努めた。
よって今回はいつも以上に万全―――。

「じゃ、行きましょう」
香はそう言ってジュディと栄子をひきつれて入場した。

香の為の試合なので美紗チームが挑戦者扱いで先に入場し、香チームが後に入場して紹介された。

社長室―――。
「売れてますね」
銀蔵が1001チャンネルを見て静かに言った。そこには賭けの相場が記されていた。
「そうね」
社長は答えた。
「香の休養効果かしら」
丸紫ホームページ担当の林緑が呟いた。社長は、
「休養なんて大袈裟ね、試合間隔を伸ばすだけよ。香さんは壊れられたら困るから―――ね」
と言った。賭け率はかなり高くなっていた。単純にチームの勝敗のみでは真っ二つに割れ、誰が誰をフォールするか、という内容では、美紗が香というのが最も多く、栄子が亜湖、香が亜湖、香が美紗というのも続いた。さくらが、というのは無いかと思われたが、最下位でさくらが香というのが一票だけあった。その人の賭けが当たれば物凄い配当になる―――。
「実力差がありすぎるから無いと思うけど、タッグだからね―――」
緑は言った。美紗と亜湖で香を痛めつけ、試合権利をさくらに持たせ、さくらを投げつけてそのままフォールだって有り得るからだ。
「どちらにしろ、面白い試合になりそうだわ」
社長は椅子に深く腰掛け直して言った。

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