百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第10章 記念試合5

「ワン、ツー、ス―――!」
レフリーはカウントを取ったがカウントが止まった。亜湖が何とか足を振り上げて返したからだった。
「嘘……」
栄子は呟いた。香が痛め付けた後にバックブリーカー、ハイキック、グラウンドでのフルネルソン等、ありとあらゆる技で痛め付け、亜湖はずっと倒れていた―――立っていた時間より倒れている時間の方が遥かに長かった―――。それだけたっぷりダメージを与え、その上かつて伝説と言われた生徒会長や今、最強の位置にいる美紗をも葬り去って来た喉輪落としで仕上げようとしたのに、今初めて食らった、しかも最強の位置には程遠い亜湖に返された。
栄子は放心状態になった。その時間自体は短かったかも知れないが―――。

驚いたのは栄子だけでは無かった。今まで食らったら一度も返せなかった美紗や、栄子の喉輪落としの威力を知っている香とジュディも亜湖が返したことに驚いた。もっとも香はポニードライバーで美紗か亜湖を沈めようと考えていたので、こんなに早く勝負が決まらなくて良かった、とも思ったが。

美紗は喉輪落としでスリーカウントが取れずショックを受けていた栄子の隙を逃さなかった。髪を掴んでいた香の手を振りほどき、逆にムエタイの首相撲の様に押さえ付け、腹に二発膝を入れ、コーナーに叩き付けた。香は、
「あぐっ!!」
と声を出し、コーナーに激突した後腰が落ち、足を前に投げ出す格好になった。
美紗はその後栄子に向かって突進した。栄子は気付いたが既に遅かった。美紗の右腕が栄子の首から胸元を捕え、ラリアットが完璧に入り、栄子の巨体が舞い、後頭部を強打し伸びてしまった。
さらに美紗はジュディにも突進していってラリアットを出した。ジュディはそれをかわしたが、美紗は振り向き様にショートレンジのラリアットを決め、ジュディも失神させてしまった。それから片膝を立てた状態で大の字に倒れている亜湖を見た。そして亜湖の手を引き、引きずって自陣まで連れてきて、美紗は一旦ロープをまたいで外に出て亜湖の体に触れてタッチを成立させてリング内に戻った。
「お前の根性には応えないとだな」
美紗は亜湖に言った。亜湖は仰向けのまま左手で頭を押さえ、右手でパンティを直しながら頷いた。そして右手を後頭部に移動させて押さえ、そのまま転がってロープをくぐり、リングから出た。
亜湖はリングサイドでうつ伏せのまま両手で後頭部を押さえていた。さくらは亜湖の横でしゃがんで心配そうに見ていた。
試合の権利は美紗と栄子にあったので、ラリアットを受けて失神している栄子をこのまま押さえ込み、フォールすれば勝てると思った。しかし、
「倒れてる香さんに投げ付ける―――とかでもいいです」
と亜湖が言ったのを思い出した。栄子の必殺技で誰も返せなかった喉輪落としに耐えて返した亜湖の気持ちに応えたい―――。ならばここは栄子ではなく香に試合権利を持たせるべきだ―――と。
美紗は栄子の髪を掴んだが栄子は動かなかった。しかし、レフリーは試合を止めない―――気絶したら試合を止めるのだが、今の気絶は美紗のフィニッシュ技であるラリアットによるものなので止める事は無いのだ。その為美紗は栄子の回復を待った。

美紗は栄子を自分で回復させ、栄子の髪を掴んで起こすと、香の陣のコーナーに振った。栄子はフラフラした足取りで走り、背中からコーナーに激突すると、そのまま腰から崩れ落ち、両足を前に投げ出した。美紗はリングの中央で仁王立ちし、香がタッチして入ってくるのを待った。
「……」
香は何も言わずに栄子の肩にタッチし、リングに入った。そして美紗のそばまで行くや否や足を取って強引に持ち上げパワースラムを掛け、そのままフォールに行った。美紗はカウントワンで返した。すると香は素早く足を取り、膝を固めた。
「ぐっぉぉ」
美紗は喉から漏らした。そしてこのままだと体力を削られるのでロープまで香ごと引きずった。
油断した。香は美紗に対しいつも力勝負を挑んでくる。だから今もそう来ると思った。しかし、組みには来ないで投げるなりグラウンドで来た。
香は本来はテクニック系のレスラーだった。しかし、美紗に勝つ為に力負けしないように鍛えて来た結果、ポニードライバー等派手な力技を身に付けてきた。
そんな香がそのスタイルを捨ててグラウンドで美紗の体力を奪いに来た。今は栄子もジュディも美紗のラリアットで伸びてしまい闘えるのは香一人。一方美紗側は亜湖がうつ伏せになってるものの、美紗と後は何とかさくらが動ける。状況は圧倒的に不利だった。その為に最良の手段―――力勝負はしたいけどしない―――というのを選んだ。勿論最後はポニードライバーを叩き込んでやるが。

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