百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第12章 大先輩1

次の日―――。香は亜湖とさくらに、
「兎に角、私とやりたかったら勝ちなさいよ」
と言った。二人の実力と言うより余りの無策さが敗戦の原因だったのでお灸を据えてやった。
良とプルトニウム関東は互いに連携し、そして亜湖をターゲットにして最後まで試合を運んだのだった。それに対して亜湖とさくらはただ受けていただけだっ

た、という事である。
二人の性格から考えて受けに回ってしまうのは仕方がないが、ならどこで切り返すか―――、良は切り返しを警戒してたので、プルトニウム関東が試合の権利を持った時がチャンスだった、とか位は考えて試合をしろ、という事だった。
「さくらにはプルトニウムから切り返す力はまだないわ。だから亜湖、あなたがやんなきゃならなかったのよ」
香はそう言った。亜湖は、
「はい……」
と返事した。香は自分が何でこんな事を言ってるのだろうと思った。勝つも負けるも本人次第、周りは関係ないのがここ、丸紫の在り方だし、そんな在り方が自分の性格に合ってると思っていたのに、何で二人にこんなにお節介をやいてるのだろう―――と。
「兎に角、次は……ただ受けないことね」
と言い、練習屋から出た。


と、その時強烈な殺気に襲われた。香は動けずにそのままの体勢で、
「誰?」
と言った。社長では無い。社長は廊下で殺気立ったりはしないし、社長の側には銀蔵が意図的に気配を消さない限り銀蔵の気配が横にあるので直ぐに違うと分かった。
なら美紗か? と思ったが美紗も違う―――。美紗ならまず声を掛けてから殺気を出す。
香は他にこれだけの殺気を出せる人を丸紫内で他に知らなかった。
「ポニー? いや―――、二代目ポニーと言った方がいいかな?」
女の人の声だった。香はコスチューム、つまり体操服とハイレグのブルマ姿だが、今はポニーテールではなく、眼鏡を掛けていた。しかし見るや否やポニーと断定したので関係者に違いないと思ったが心当たりが無かった。そしていつのまにやら後ろを取られている事に気付いた。
「二代目? 初代がいたなんて初耳だわ……」
香は平静を装って言った。声の主は、
「私のパートナーだった人よ。タッグでしか試合しない人だったし私と一緒に引退したから、知らなくても無理無いかな」
と答え、香を解放し殺気を解いた。それから香の前に来た。体格は香とほぼ同じで身長165cmで体重は見た目60kg弱といったところか。顔は目鼻立ち整っているが亜湖や香に比べて幼さが見えた。太めの眉毛がそう見せるのかもしれない。髪型は亜湖のボブカットより少し短めだが長めのショートカットの良よりは長い、所謂ショートボブだった。服装は可愛らしい上着にミニスカートを穿き、その下には膝まである黒いスパッツを着けていた。
「随分ここもレベル上がったんだね、もう私がやっても勝てないかもね。試合でも―――いやらしさでも」
と言って笑った。香は、
「ご謙遜を……少なくとも私よりは強いわ」
と言った。女の人は、
「いやいや、私は美紗には"もう"勝てないわ。それに私が相手した頃の美紗と今の美紗は全然違うし」
と言った。香はその言葉が引っ掛かった。自分と同じ体格の人間がかつて美紗に勝ったことがある―――、という事であるが、美紗攻略の為に過去の記録を調べたが、美紗に勝った人で身長が10cm以上低い人になると偶然の勝利を含めてもかなり限られてくる。それと香の言葉に対しては全くスルーだった。
「私は美紗に勝ちたいんです、少しでもそのヒントをこの体に教えてくれませんか?」
香はこの女の人が誰なのか確信した上で言った。今度は自分が闘気を表に出して―――。それを感じて女の人は、
「フフッ、冗談を……。私は今はただのスポーツインストラクターだよ。期待に添えるか分からないからやめとく」
とおどけてみせたが、香は引かなかった。さっきの気は"只のスポーツインストラクター"の女性に出せるものではない。その為、廊下であるにも関わらず、上段回し蹴りを放った。
「フッ」
と女の人は息を吐き香の回し蹴りを避け、がら空きになった横っ腹目がけてタックルを入れ、そのまま香を壁に叩き付けた。香は、
「あぐっ!」
と声を上げた。女の人は、香の後頭部から腕を退けた。香が壁に後頭部を強打しないようにかばっていたのだった。そして香から離れ、
「こんな所でやりあう気は無いよ―――。いいよ、その気持ちに免じて少しだけ相手するよ」
と真剣な顔で言った。そして練習室のドアを開けた―――。そう、さっき香が出て来た部屋の、である。

「あ……先客が居たのね」
女の人はニコッと笑ってリング内にいる亜湖とさくらを見て言った。
「こ、こんにちは」
亜湖とさくらは挨拶した。初めての人は苦手だった。また一人新しい人に対して自分達の下着姿を晒す事になるからだった。
「あなた達が新人のA子ちゃん、B子ちゃんか。いつも実況見てたよ」
女の人は言った。亜湖はそれを聞いて恥ずかしくなり顔を赤らめた。良の時の様に馬鹿にされるかと思うと、どう反応すればいいか分からなかった。
「間近で見るとかなりエロいね―――、それはいいとして、紹介文は嘘じゃなかったんだね。かわいいってあったからさ」
と言った。女の人は実際に亜湖とさくらを見たのは初めてだった。ネットの中継では二人の顔にはモザイクが掛っていたからである。丸紫闇プロレスのホームページの紹介文には二人について『かわいい』と書いてあったがそれが確認出来て良かったと思った。
亜湖とさくらは恥ずかしそうにしていたが、女の人は、
「ちょっとリング借りていい?」
と言った。亜湖は、
「は、はいっ」
と答え、さくらと一緒にリングから降りた。女の人は、
「この二人―――、いつも試合ではやられてばかり……。きっと攻撃が苦手なんだろうね。しかも下着姿……。多分やらなきゃならないような事情があるんだろうね……面白いからいいけど」
とリングに上がりながら思った。女の人に続いて香がリングに上がった。亜湖はそれを見て、
「香さん……?」
と呟いた。香は、
「この人と練習するのよ。よく見て何か掴みなさいよ」
と眼鏡を外し、髪をポニーテールに束ねた。そして、
「持ってて」
と言って亜湖に眼鏡を渡した。亜湖は眼鏡を受け取りながら、香の表情を見て、この女の人は相当強いと感じた。

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