百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第13章 お嬢様の試練6

負け続けた美里は丸紫を辞めたいと弱音を吐いた。かえでは、何とか美里を説得しなければならなかった。というのはここに入ったいきさつを思い出せば全て理解できる。外に出たら生きて行けない。社長にやられ、そして丸紫でも負けた為に出て行ったのでは、出て行ったところで外で口を開けて待っている蟻地獄の巣に足を突っ込むようなものであり、嵌ってしまったら抜け出せないのは解りきっていた事だったからである。しかし、美里は丸紫の中で負け続けた事で視野が狭くなり、兎に角この負けから逃げたくなっている為、外の蟻地獄が見えなくなっているのであった。
その為、かえでが説得にあたっても、
「かえで様……、親戚にやられた事に比べれば」
と言ってしまうのである。かえでは、
「私が、美里にいい暮らしをさせてやるって言ったの忘れたの? あんたが勝てないなら私がその分勝つわよ」
と言い、かえでに待ってるように言って出て行った。

暫く経って戻って来てかえでは、
「美里、あんたは私が守る。勝たせてあげる―――。美里はシングルの試合からは外して貰うように社長に頼んだから。シングルは私がやるから、あんたは私とタッグで試合をしよう。兎に角辞めるなんて言わせない―――私だってあんたが必要なんだ」
と言った。美里は、
「か……かえで様……」
と涙目になって言った。そのかえでの姿は、初めて会った時の様に、気高く美しいお嬢様の姿だった―――。

かえでは美里と生徒会長と三人で切磋琢磨しながら沢山試合をこなし稼いでいった。三人の後に入って来た美紗に挑み、そして敗れても何度も挑んだ。丸め込んで勝った事もある。
生徒会長引退後も精力的に試合をこなし、かえでのシングル、そしてかえでと美里のタッグでは上手く作戦を考え順調に星を伸ばし、中堅か上位か、その辺りの位置をキープしていた。更に後に入って来た香に敗れるもかえでは香に勝つ方法を考えた。

―――それが毒霧だった―――

丸紫では凶器の使用は禁止されていて厳しく取り締まわれているが、毒霧に関しては申請して、成分など細かく調べた上で許可が下りれば使って良いという事が分かった。それから二人は毒霧を使うようになった。
勿論最初のうちは使いすぎて警戒されるようになったので、段々頻度は下がり、ここぞという時に使うようになったのだが―――。
つまりプライドの高い香の顔に吹きかけてダメージを与えてやろうという作戦なのである。しかし、あまり香との試合の機会が無く、あっても毒霧を使う機会が無く、対戦成績は2勝6敗と大きく負け越していた。負けた理由はかえでは理解していた―――。
しかしかえでは香や美紗の様な上級レスラーに負けるが、地力は上位の選手に劣らない為、取りこぼしが殆ど無いのでやはり中堅の最上位から上位を狙う位置をキープし続けていた。

その後、亜湖とさくらが入門して来て、そして生徒会長が亜湖とさくらの非常勤のコーチになり、今に至る―――。

「美里、そろそろタッチ!」
かえでは美里に指示を出した。美里を休ませ、そして自分がさくらに攻撃をすれば勝てる。亜湖は大ダメージを受けた為、まだ鉄柵の外で倒れている。
美里は立ち上がりさくらにストンピングを入れた。
「ああっ!」
さくらは声を上げた。美里はさくらのツインテールを掴んで起こし、自陣のコーナーに振った。さくらは走っていったが、背中から激突せず、待ち構えていたかえでにロープ越しにジャンピングニーを入れた。
「うぐっ」
かえではまさかさくらがここで返してくるとは思わず油断していた為、まともに食らってしまい、場外に落下して仰向けに倒れ、顔を押さえた。
「かえで様!」
美里は叫んだ。足を止めてしまった美里を待っていたのはさくらのドロップキックだった。美里はまともに食らい、受け身を取れず後ろに倒れた後勢い余って回転してうつ伏せになり、そのまま動かなくなった。
さくらは美里をチラッと見ただけで、フォールに行かず場外に降りた。左腕を押さえながら歩き、倒れているかえでに近付き、長い髪を掴んだ。
さくらは視力が回復するのをじっとこらえながら待っていた。美里の技に対して下手にロープブレイクせず、生徒会長に教えてもらった様に美里の技を回避しながら膠着状態に持っていっていた。勿論さくらの回避術が優れていた訳では無く、美里が攻めあぐねていたのだが―――。
しかし、その為場外で何が起こっていたのかは分かっていた。かえでが亜湖に机を投げつけていたのを回復した視界の端にぼんやりと捉えていた。

さくらはかえでを起こした後、鉄柵に振った。かえでは背中から激突し、
「あぐっ」
と短く声を出した。直後、さくらが突っ込んで来て体ごとぶつけてきた。かえでは押し潰され、崩れ落ちた。

「なにあれ? さくらにあっさりやられてさ」
良は吐き捨てた。良はあの時……、亜湖に負けた後廊下でかえでとすれ違ったがその時のかえでの表情が忘れられなかった。壁に寄りかかり半目で見下ろすように見ていた事を―――。その後口元に笑みを浮かべて立ち去ったのだった。
それは良にとって耐え難い屈辱だった。丸紫は実力の世界―――。元々ランクが上のかえでにある程度下に見られるのは仕方がなかったがあの態度は許せなかった。
そのかえでが亜湖よりも弱いさくらに不意打ちを食らい伸びている―――。
別にこんなところで仕返をしたり、馬鹿にしたりしようとは思わない。ただ、あんな態度を取るのならそれだけの試合をしろと言いたかった―――。

さくらはかえでを持ち上げ、マットの上に叩き付けた。かえでは歯を食い縛り、背中を押さえながら耐えた。さくらは更にエルボを落とした後、かえでの髪を掴んで起こし、リングに叩き付け、椅子を背中に打ち付けた。
かえでは目をきつく閉じうめき声を出した。さくらはチャンスと見て、かえでの髪を掴み、かえでの頭を股に挟んで胴をクラッチした。場外でパイルドライバーを仕掛けた。
かえでは抵抗し、逆にさくらを後ろに放り投げた。
「ああああっ!」
さくらは背中を反らし押さえた。かえでは顔の汗を拭い、
「いつまでも調子に乗らないでよ―――」
と言った。手の甲を見ると、化粧がベットリと着いていた。もうかなり落ちてしまっているだろうと思った。
さくらの髪を掴んでリングに叩き付けた。さくらはマットを掴もうとしながらズルズルと崩れ落ちた。かえではさっきさくらが自分に叩き付けた椅子を見つけた。
それを掴んでさくらの背中を攻撃した。さくらは、
「あああっ!!」
と声を上げた。かえではさくらのツインテールを掴み、頭を下げさせた後さくらの腹に膝を何発も入れた。さくらが崩れそうになると攻撃を一旦止めて立たせた後再び攻撃を続けた。

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