百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第13章 お嬢様の試練7

その時―――かえでの背中に激痛が走った。
「あぐっ!」
声を上げ、膝を着いた後後ろを見ると、亜湖が椅子を持って立っていた。
「さくら、立って」
亜湖はそう言ってかえでの髪を掴んだ。そしてかえでの首を前から抱えこみゴスロリ衣装のベルトを掴み、ブレーンバスターの体勢に入った。
「センパイ!」
さくらは立ち上がり急いで同じようにかえでを抱え込み、ダブルのブレーンバスターの体勢になった後、
「せーの」
の声でかえでを逆さまに持ち上げた。かえでのスカートが捲れ上がり、衣装と同じ黒のパンティが丸見えになった。亜湖とさくらは暫く持ち上げたままで滞空時間を長くした。別にかえでに恥辱を与える為ではなく、ただ、かえでの頭に血を上らせてダメージを与える為だった。
かえでは二人が投げるのを待った。その時視線を動かすとリング内で美里が頭を押さえながら漸く上半身を起こしてる所が目に入った。
―――しまった!
かえでは思った。さくらが美里を放置したのは、美里が気絶したので、かえでに対してやり返されるのを承知で攻撃し、自分がやり返されている間に亜湖の視力が回復するのを待ち、亜湖が回復したら二人でかえでを攻撃し、分断するという戦法を取ったということに―――。
だが、亜湖にもさくらにもそんな意図は無かった。ただ、さくらがかえでに攻撃したのは、かえでが亜湖を瓦礫の下敷にした為であり自分はどうなってもいいからかえでに攻撃をしたかっただけで深くは考えていなかった。更に美里の気絶は偶然であり、さくらの意図では無かった。
亜湖は視力が回復して起き上がった時、さくらが場外で声を上げていて、リング上では美里がうつ伏せに倒れていたのが見えた。
普通に試合をしてこんな目に逢ったなら兎も角、毒霧で視界を奪われその間にボコボコにされたのだから、凶器になるものは使いたく無かったが、卑怯な手段を使ったかえでには何か一発入れてやらないと気が済まなかった。その為、椅子を手に取りかえでに攻撃したのだった―――。
全ては偶然だった。

亜湖の合図でとさくらとのダブルのブレーンバスターが決まった。
「ああっ!」
かえでは腰を押さえて声を上げた。亜湖は、かえでの髪を右手で掴み左手で素早くパンティを直し、
「さくら、決めちゃって。今しかないっ」
と言った。さくらは頷いて急いでリングに上がった。かえでは亜湖に無理矢理起こされた。亜湖はかえでを鉄柵に振ろうとしたが逆に振り返され背中から激突して、
「あああっ!」
と声を上げた。かえでは更にヒップアタックで追い討ちした。亜湖が鉄柵にもたれた状態で腰から崩れ落ちたのを見て、
「あんたなんかに何発もやられるか」
と言って顔の汗を拭った後リングへ急いだ。

さくらは美里の髪を掴んで起こし、フラフラとやっとで立ち上がった美里の後ろから組みつき、胴をクラッチした。美里はまだ意識が朦朧としていて何をされているのか理解できていなかった―――。
かえでが"美里、逃げろ"と言ってる様な気がしたが、何から逃げろと言ってるのか分からなかった。
「……かえで……様―――?」
さくらは美里をそのまま後ろに弧を描くように綺麗に放り投げ、ブリッチの体勢になった。さくらのフィニッシュ技、ジャーマンスープレックスが綺麗に決まった。
かえではカットに急いだ。しかし、半身程リングに入った所で亜湖に掴まれた。
「あんたは寝てろ! 離しなさい!」
かえでは叫んだ。亜湖は、
「はなさない!」
と言った。かえでは足で亜湖を蹴ろうとしたがバランスを崩して倒れ、胴を掴まれた。目の前ではないもののそこそこ近い位置に亜湖の顔が来た事に気付いた。

ならば―――。
かえではポケットに手を入れ取り出した物を口に含んだ。
亜湖はかえでが何かを口に入れたのを見た。

ブッ!

かえではさっきよりも正確に毒霧を吹きかけた。今度は黒い霧を吐いたので亜湖の顔は真っ黒になった。しかし、さっきのように亜湖は顔を押さえる様な事はなかった。かえでが毒霧を吐いた瞬間に目を閉じて防いでいたからだった―――
完全に押さえられてはかえでに逃げる術は無かった。派手なゴスロリ衣装は相手から見れば掴める所だらけだった。
「スリー!」
亜湖に捕まえられたままの体勢でかえではカウントスリーを聞いた。

さくらは美里を放し、起き上がって飛び上がって喜んだ。亜湖はリングに上がり、さくらを抱き締めた。
「センパイ! 嬉しいです」
さくらは亜湖の肩に顔を埋めた。

かえでは亜湖から解放された後ゆっくりと立ち上がり、大の字になった美里の隣に座った。そして、
「私達の負け。事実は認めるわ―――」
と言った。亜湖はかえでに顔を向けて黙って聞いた。かえでは、
「この借りはシングルで返す。二人とも覚悟しときなさいよ―――」
と言って美里を抱えあげ、リングサイドに移動して美里をおろした。そしてリングから降り、美里をおぶさってから、
「何か言いたい事ある?」
と聞いた。亜湖はそれを聞いて、
「その……今言ったシングルの時は―――、毒霧無しでお願いします」
と言った。かえでは、
「解ったわ、使わない。一試合ずつは普通に闘うわ」
と返事し、控え室に入っていった。敗者は勝者に従う―――ここに入ったのもそういう事だった。それが闇に生きるかえでの生きざまだった。


かえでが控え室に入ると良が壁に寄り掛っていた。
「何てザマ? かえでらしくない。亜湖に試合権利行かなくて負けるなんてね」
良は口元に笑みを浮かべて言った。かえでは、
「……言い訳はしないわ。でもあんたに言われたくない」
と返した。良は、
「そうは行かないよ。あたしだって亜湖に負けたことをあんたに馬鹿にされる覚えはないからね。お互い様でしょ、違う?」
と言った。
「……」
かえでは何も言わなかった。そして美里をソファーに寝かせ、トレーナーを呼んだ。それから良に、
「次は美里の分も含めて叩き潰す。それだけ」
と言った。良はそれに対しては頷いただけだった。良自身も亜湖にはまだ借りを返しきった訳ではなく更に香という敵も倒さなければならないからだった。
しかし、同じ様な屈辱を味わったからといってかえでと馴れ合うことはできない。隙を見せれば直ぐに下の者に足元を掬われる―――それが丸紫であるからだった。良とかえではお互い敵同士、それだけだった。
良は目を閉じて頷き、かえでのトレーナーが来ると黙って立ち去った。

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