百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第13章 お嬢様の試練8

トレーナーは美里を病院に連れて行くと言ったのでかえでは同行した。
かえでは考えていた。今回の敗因は一つは美里メインで試合を運んだ事―――、勝利の経験に乏しい美里に勝利を味わせる為にさくらをターゲットにした。タッグの鉄則は弱い方を狙う事―――。それは良かったのだがやり方を間違えた。
美里をメインにするのではなくかえでが試合を支配してやるべきだった。そうすることで美味しい所を美里が取る、つまり"かえでが試合権利を持った"上で亜湖とさくらを分断し、疲れ果てたさくらを美里に渡す事で美里がスリーカウンとを取る事が出来た。
兎に角美里に必要だったのは内容ではなく、"美里がピンフォール勝ちする"という事実だったのだから―――。
もう一つはかえでの衣装だった。派手なドレスやゴスロリ衣装等は動く事―――それも相手と組み合い技を掛けるプロレスには特に不向きだった。
元々そういうのに使う服では無い為、分厚く重い生地は無駄に汗をかかせて体力を奪い、大量にある装飾と短くアレンジしたとはいえまだまだ長いスカート部分は、自分の行動に制限を掛ける上、相手に技、特に掴み技を掛けやすくする。
実際、最後に亜湖に捕まえられた時はがっちり衣装を掴まれて身動きが取れなくなってしまった。亜湖やさくらの様に下着姿やジュディの様な水着姿ならそもそも掴める場所は殆んど無い上に、下着を掴んだ結果脱がせてしまった、という訳には行かない。また美紗、良や香もシャツを捻るように掴まないと滑ってしまうし、アマチュアレスリングスタイルのプルトニウム関東は掴む事自体が難しい。その為、彼女達は服を掴もうとする闘い方をしない。
しかし、かえでに対しては簡単にドレスを掴める為、その分不利になるのだった。
この様に過去に香など上位選手に負けた試合も、技術や体力、そして勝ちたいという気持が劣ったと言う事では無く、かえでの衣装の為の自滅であり、かえで自身ランクを上げて行って上位との対戦が増えていった時にその事には気が付いていた。

しかしそれでもかえではこの衣装にこだわり続け、決してやめることは無かった。
誇り高いお嬢様であるために―――。
小さい頃から施設で育ち、しかも亜湖やさくらとのいた施設とは違い施設とは名ばかりの実際は留置所の様な所だった。そんな所で泥水を煤る様な思いをしてきたか

えでは、たまたまテレビで見た美しい衣装に強く惹かれ、自分もそうあるべきだ、と思うようになった。
それがかえでの根底にある誇りであり、実力のみで評価され負け―――特に格下に対する敗北は大きく評価を下げる丸紫でさえもそれを変えることは無かった。
ドレスや衣装が原因で負けたからと言っていわゆる"軽い服"に変えたら意味がない、このドレスや衣装で勝って初めて勝ちに意味が出る―――。


「検査の結果、異常はありません―――」
先生の言葉でかえでは我に返った。先生の隣に美里が立っていたが、美里はかえでを見るなり抱きつき、
「かえで様、ごめんなさい。また役に立てませんでした」
と言って涙を流した。かえでは首を振り、
「ううん、私の作戦ミス。美里はよくやったよ」
と美里を慰めた。そして、ゆっくりと美里を抱き締めたまま立ち上がり、それから美里の肩に手を置いて、
「この分は取り戻すからまた出直そう」
と力強く言った。かえでの美しい顔は化粧がだらしなく落ち、衣装は湿って薄汚れていて、試合開始前と比べると見る陰も無くなってしまったが、それでも美里にとって目の光を失っていないかえでは誇り高く美しかった―――。
「はい、かえで様。私ももっと練習して強くなります」
美里は笑顔で答えた。


トレーナーは二人―――、特にかえでの心が折れてないのを確認できて安心し、先生は、
「しかし、どんな激しい試合をしてるんだろうねぇ」
と呟いた。トレーナーは、
『それは言えないなぁ』
と思い、苦笑いをした。

次の日―――。
「社長、これでいいのですか?」
「ええ。かえでさんはこのくらいでへこたれる程度の低いプライドでは無いでしょう。期待しましょう」
社長は部下に言った。普通タッグで負けてもランクには大きく影響しないが、かえでは中堅の最上位から中位までランクが2ランク落ちた。逆に亜湖は下位の上まで上がった。さくらと美里は入れ替わり、下位の中位、美里はたった一人の枠である下の下になった。

かえでは丸紫に来るなりランクを確認し、コクリと頷いた後黙って廊下に出た。廊下で美紗とすれ違った。
「随分涼しげな顔してるな」
美紗が言うとかえでは、
「そう? 光の加減でしょ。自分が落ちて喜ぶ人は居ないわ。納得する人はいてもね」
と答えた。かえでは濃赤色の生地に白のフリルが沢山ついたゴスロリ衣装を身に纏い、化粧も完璧に決めていた。その為、表情が明るく見えたのかもしれない。
「でもあれだけ落ちても"ソレ"は変わらないんだな」
美紗は言った。美紗は当然かえでの弱点はドレスや衣装である事は知っていた。かえでは、
「あなたがその格好で闘うのと変わらないわ」
と答えた。美紗は、
「違いない―――。お前も言うじゃないか」
とニヤリと笑って言って軽く手を振って立ち去った。その後、かえでは壁に寄りかかって立っていた。するとそこに亜湖とさくらが来た。
「こんにちは」
亜湖が挨拶し、さくらも続いた。かえでは、
「こんにちは、待ってたわ―――。二人とも早くランクを上げなさいよ。そしたらシングル申し込むから。ま、その時は覚悟決めててね」
と言い更に右腕をゆっくりと上げて二人を指差した。
「深紅は血の如く、白は"貴方達"。これをどう受け取るかは任せるわ」
そう付け加えて練習室に入った。
亜湖は心の中で、
『どういう……?』
と思い、考えた。亜湖とさくらはかえでが毒霧を使う事を知らなかった。つまり普段かえでの試合を全く見ていなかった。その為かえでがシングルでどういう闘い方をするのか―――調べなければならない。
もしかしたらかえでが"ランクを上げろ"と言ったのは、ランクを上げるには相手の研究は欠かせないものであり、今までそういう事をして来なかった二人に対して、そうやって強くなり、その間にかえでの事ももっと研究しろ、と言ってくれたのかと、そう考える事にした上で、勝ち上がって行った二人を血祭りにしようとの宣言と思った。
「じゃ、さくら。今日も頑張ろ」
亜湖はさくらにそう声を掛けてさくらは、
「ハイっ、センパイ」
と笑顔で答えた。そしてかえでとは別の練習室に入っていった。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊