百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第14章 掴めなかった栄光と得られた称号1

「珍しいじゃないか、お前が来るなんて」
美紗は練習を見に来ている良に対して言った。良は、
「あたしとあんたじゃ体格も戦法も違うから見ても参考にならないかもしれないけど―――」
と答えた。美紗は、
「けど、何だ?」
と更に突っ込んで聞いた。良は、
「香をぶちのめすにはどうしようか考えると、一番勝ってるあんたを見ればいいかと思ったんだよ」
と答えた。美紗はそれを聞いて、
「ふーん。なら見てくだけじゃなくて一緒にやれよ」
と言った。良は、
「じゃ、遠慮無く。―――あたしみたいなランクのが一緒じゃ具合い悪いと思ってた」
と言って練習に加わった。


確かに中には居る、自分より2ランク以上低い人とは練習したくない、というような人―――。
プルトニウム関東やかえではそういう類の人だった、かえでにとって美里は例外だが―――。
プルトニウム関東は中堅上位で中堅下位の良とは差があるが、利害の一致の為にコンビを組んでいるので一緒に練習をしている。
なら、今日もプルトニウム関東と練習すればよいではないか、と思うかもしれない。良は香対策をしたかったので香に対して非常に分が悪いプルトニウム関東よりも別の人が良いと考えていた。そこで、美紗よりも先に駄目で元々でかえでに声を掛けてみたら、
「今日で無ければいいわ」
と返って来た。良は、
「どういう風の吹き回し? てっきり断ってくるかと思ったけど」
と聞いた。かえでは、
「亜湖とさくらに負けてなければ断ったでしょうね。貴方の事嫌いだし」
と言った。良は、
「あたしだってあんたは嫌いさ。そのスカした化粧とか格好とか言い方がむかつくし」
と返した。かえでは、
「わたしも貴方の頭悪そうなその格好と軽口は嫌い。でもね、嫌いな人や下の人からでも学べるものはあるって解ったわ。亜湖とさくらに負けてね」
と口元に笑みを浮かべて言った。良は、
「じゃ、あたしが亜湖に負けた時のあの態度、謝って貰おうか」
と言った。かえでは、
「あんまり調子に乗らないでくれる?」
と牽制した。二人の間に一触即発の空気が流れたが、良は一歩下がって、
「嘘嘘。それはあんたに勝ってから言うよ」
と両手を前に出して振りながら言った。まともにかえでとやりあっても勝てるとは思えなかったので悔しさは飲み込んで退いた。
折角かえでとの練習機会を得られたのだから不意にするわけには行かなかった。かえでは実力的には香と変わらない、ドレスでなく軽装ならば―――。

美紗は男性のトレーナーとスパーリングを始めた。組み合ったり打撃の練習をしたり等々―――。良は一緒にやると言った以上美紗に続いて男性トレーナーとスパーリングした。
しかし、すぐにバテて倒れ込んでしまった。プルトニウム関東相手でもきつかったのに、今度の相手は男なので更にきつい。この間から真面目にやるようになったものの、何年も手を抜いていた体には非常に応えた。それを相手に美紗は汗だくになりながらも対応していたのだ。
良は思った。
『こんな練習してる化け物相手じゃ香だって敵わない訳だよ……ましてや亜湖なんか』
そう考えるとこの"化け物"である美紗に負けていない生徒会長は正直凄いと思った。その頃の美紗と今の美紗では強さは全く違うにしろ、当時上位を食って駆け上がって行ってた美紗を叩き潰していたのだから。
「奇遇ね。私も美紗と練習しようとしてたの。だから貴方のを断ったんだけどこんな所に居るとはね」
自分の番が終わって美紗と交代し、場外で大の字になっている良にかえでが声を掛けた。良は、
「その格好で美紗のトレーナー相手にするのはやめた方がいいって」
としゃがんで覗き込んでるかえでに言った。かえでは、
「これは練習用よ。さっきと違うの見て分からない?」
と言った。かえでの衣装は黄ばんで所々につぎあてが見える汚らしい布で出来ていた。フリルは少なく、試合の時に着てるドレスや衣装とは似ても似つかなかった。
これはかえでの練習着だった。汚れても良いように綿で特注で作って貰ったもので、重さが足りない分は重りを所々に入れる事で合わせた練習用ドレスだった。
「じゃ、次入んな」
美紗が言うとかえでがリングに上がり、男性トレーナーと練習した。
良よりは持ったが、かえでもクタクタになってリングから降りてきた。そしてまたリングに上がって練習する美紗を見上げた。
美紗は練習をあまり人には見せないし一緒にやるなんて尚更無い。タッグを組んだ亜湖とさくらが一緒にやったが男性トレーナーとの練習はやはり一人になってからだった。勿論、良とかえでは美紗のメニューをやったのは初めてだった。
最強の人が一番練習している―――。格闘技に限らず野球でも相撲でもサッカーでも歌でも楽器でも芸術でもそうなのだが、何が美紗をここまで駆り立たせるのだろうか。
丸紫は所属選手はそう多くないが闇の世界のものなので他団体とは交流は無い。その為美紗は生徒会長引退後、上位の上というたった一人が入れるランクをずっと守り続けている。これだけ最強の期間が長いとモチベーションが落ちてきても不思議はない。しかし落ちないのだ―――。
「美紗じゃないから本当の所は分からない―――」
良がその事について尋ねるとかえではそう断った後に、
「考えられるのは、生徒会長の影を今でも追ってるって事じゃないかしら」
と付け加えた。かえでは生徒会長と同期で、ここ丸紫では珍しく友人関係を持っている。その為生徒会長と美紗の関係については本人を除けば一番良く知っていた。
生徒会長現役当時の美紗は兎に角他の何よりも打倒生徒会長で、他の人などどうでも良かった。自分より身長で10cm、体重で15kg以上劣る人間に新人戦とはいえあっけなく負けてしまった事は、体重できっちりと別けられた中で闘って来た美紗にとって耐えがたい屈辱だった。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊