百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第16章 前哨戦6

亜湖はキャサリンの後ろにつくとキャサリンの右脇の下に頭を入れ、胴をクラッチした。キャサリンは投げられまいと亜湖の首をきめ、更に足を掛けた。
しかし、亜湖は左足の位置を変えてキャサリンの足を外すと勢い良く後ろに放り投げた。

「くっ……、入った―――」
モニターで見てた香は思わず呟いた。
別室で見ていたかえでは、
「何処にあんな力が―――?」
と呟いた。

亜湖はすぐにフォールした。
「ワン、ツー、スリー」
レフリーがカウント取ったが、キャサリンは全く動けず、亜湖が勝利した。
亜湖はそのまま転がり、大の字になり、顔を両手で覆った。暫くその状態でいた後、ゆっくりと起き上がり、パンティを直した。そしてまだ起き上がれずにいるキャサリンを見下ろした。
レフリーが亜湖に勝利を告げ、片腕を持ち上げた。

「バックドロップ……。初めて見た時よりヤバイわね―――。やっぱりシングルで潰すわ」
香はそう呟いた。


亜湖が控え室に戻るとさくらが迎えてくれた。
「センパイ、おめでとうございます。凄いです!」
亜湖は、
「さくら、ありがとう」
と言って笑顔を見せるとさくらも満面の笑みを見せた。そう、丸紫という地下プロレスで下着姿であってもさくらの笑顔は亜湖の疲れとダメージを癒してくれる事には変わりなかった。
「じゃ、シャワー浴びてきて下さい」
さくらが言い、亜湖は頷いた。そして二人が控え室から出ると、香が待っていた。
「いきなり強くなったわね。でも、私が潰してあげるわ。おまけをつけてね」
香は腕を組んで仁王立ちで言った。亜湖はゴクリと唾を飲み込み、
「は、はい……。でも私も」
と言うと、香は邪悪な笑みを浮かべ、
「私も頑張ります? 私に対して技を掛けたりあまつさえ勝とうとでも?」
と言った後首を振り、
「あなたのペースにはさせない。いや、技なんて出させないわ。あなたはみんなを楽しませてればいいのよ」
と言った。さくらはそれに対して、
「た、楽しませるって何ですか!?」
と言った。香は、
「フフッ、今日だって楽しめたわ。最後も無様に負けて痙攣してればよかったのにね。でもそれは私がやってあげる―――楽しみはとっておくわ」
と言って髪を翻して去っていった。

「な……、何それ……。やっぱり香さんは嫌い」
さくらが言った。一方亜湖は、話し方は穏やかだったものの今まで亜湖には見せなかった激しい闘気と敵対心に言葉が出なかった。しかし、あのような言われ方をして屈辱に思ったが、さくらの横でそういう感情を出してはいけないと思い、
「さくら、大丈夫だよ。香さんは強いし怖いけど……美紗さんや生徒会長がいるから、頑張って練習するよ」
と言って笑顔を見せた。

香は亜湖とさくらと別れた後、練習室に入った。そこにはかえでと美里がいた。
「先客が居たのね」
香が言うとかえでは、
「まあね。でも私達には気にせずにどうぞ」
と言った。香がそれを聞いて二人の横を通った時にかえでは、
「あら、何を考えてるのかしら?」
と聞いた。香は立ち止まって、
「何をって、今使っていいって言ったじゃない」
と答えた。かえではクスクス笑い、
「違うわ―――その事じゃないの」
と言って、ドレスのポケットに手を入れた。そして、
「闘気全開で一体誰と闘うつもりよ」
と言った後、間を置いて、
「美紗―――じゃないわね? 美紗以外にあなたは誰にそれを向けるの?」
と言った。香は、え? と思った。さっきの良にしろ今のかえでにしろ、今日は心を見透かされる。どうして? と思ったが、
「フフッ、何で分かったのかしら?」
と笑い、逆に突っ込んでみた。動揺してる様子を見られるよりはいいと思って仕掛けてみた。かえでは、視線を美里に向け、
「私の事は眼中に無いみたいね。美里」
と言った。美里は、
「そうですね。失礼にも程があります」
と答えた。すると香は、
「あなた達二人も、亜湖とさくらも、腰巾着が目障りね。潰してもいいけど、頭潰して巾着が泣くとこ見た方が面白いわ」
と言った。かえではそれを聞いて、
「その目―――、やっぱり亜湖ね。ターゲットは」
と言った。かえでは香の眼鏡の奥の濁った光を放つ目を見逃さなかった。香は、
「そうよ。何が悪いの?」
と開き直り答えた。そして、
「別に今日始まった訳じゃないわ。ただ、一つ言っとくわ」
と言った。かえでは、
「何を?」
と聞いた。香は、
「あなたは解って無いわ。かえで―――あなたは私の敵で、亜湖とさくらは私の玩具。それだけよ」
と言った。かえでは、
「敵と認めて貰えて光栄だわ。お礼に―――」
と言って、ポケットから手を出し、香に向けた。その手に持っていたものは小さな柔らかい球だった。
「あなたの顔を染めてあげるわ。その性格のままに真っ黒にして」
と言った。かえでが見せたのは毒霧の元だった。香はそれを聞いて、
「そうしたければその暑苦しいドレスをどうにかする事ね」
と返し、立ち去った。かえではゆっくりと毒霧の元をポケットにしまったが、香の言葉に対して何も言えなかった。美里はかえでの腕が僅かに震えてる事に気付いた。
「かえで様?」
美里が声を掛けるとかえでは、
「ごめん、ありがとう美里」
と謝った。
自分の象徴であるドレスを否定され、一瞬頭に血が上った。しかし、感情のコントロールがきかないという事―――特に怒りで我を忘れてしまう事は食って食われる世界では死を意味する事をかえでは知っていたので懸命に我慢したが、同じ世界に生きてきた美里には気付かれてしまった。かえではそれを恥じた。
「まあいいわ。責任は取って貰う―――。最高の屈辱という形で」
かえでは笑みを浮かべて言った。美里は、
「かえで様の衣装を馬鹿にするなんて許せません。試合で見せ付けてやって下さい」
と答えた。

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