百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第16章 前哨戦7

亜湖はさくらの練習が終わる前に先にシャワーを浴びて着替えて待っていた。そしてさくらが同様にシャワー浴びて着替えてくると、
「ちょっと出掛けようか」
と言った。さくらは、
「ハイ」
と笑顔で返事したが、亜湖の表情が曇っている事が気になった。今日勝ったのに―――、やはり香に言われた事がショックだったんだろうか、と。
「亜湖はみんなを楽しませてくれればいい」
さくらは何と無く香のそういった本性に気付いていたが、センパイは気付いていなかったのではないか、何か恥辱的な事をやられたとしてもそれはリングの上での事だからと思い、香自身には悪意は無かったと考えていたのではないか、と。
しかし、それは幻想だった。丸紫では基本皆敵同士であり、亜湖とさくらやかえでと美里が例外なのである。反則以外どんな方法を使ってでも相手を倒す、つまりその方法の中には精神的ダメージを与えることも含まれ、亜湖やさくらは香の格好の餌食だった―――何故なら香は相手を痛めつける事に快感を感じる性格だから―――。

「センパイ。香さんに勝つ方法ありますか?」
さくらは聞いた。亜湖は、
「無い……。でも……、生徒会長に聞いてみようかと」
と答えた。それから空気が重くなったのを察し、
「さくら、ゴメン―――」
と謝った後さくらを引っ張って百貨店に向かった。
さくらの前でこういった表情を見せてはそれが伝波してさくらまで暗い気持ちになってしまう。そうならないように常々きをつけていたのだが、やはり香の行為は相当堪えていた。

百貨店で二人は新しい服を買った。亜湖はジャケットと中に着るシャツにチェック柄のミニスカート、さくらは白のブラウスとフリルのミニスカートだった。
二人は買い物袋をぶら下げながら帰り道についた。さくらの笑顔に支えられる形ではあったが徐々に亜湖の表情も良くなっていった。
また、さくらに助けられたな、私がさくらを支えてあげないといけないのに―――。
亜湖はそう思ってクスッと笑った。

「あれ? 亜湖ちゃんとさくらちゃん?」
横から声を掛けられた。二人が振り向くと、そこには亜希子や洋子位の身長、150cm台後半でカールのかかったお下げ髪にしている女性がいた。
「相模さん―――?」
亜湖が言うと女性は、
「そうよ、元気してた?」
と聞いた。彼女は相模真希。亜湖の中学までの同級生だった。
「うん。相模さんは今は?」
亜湖が聞くと真希は、
「ふふっ、進学目指して受験勉強の為に予備校さ」
と答えた。亜湖は真希が? と失礼ながら思った。真希は成績に関しては中の下で、体育の成績が良く、部活動も当然の様にハンドボール部と体育会系である―――。いわゆる"脳筋"という言葉がピッタリと当てはまる人だった。
そんな人が何の迷いもなく"進学"と口にしたので亜湖は混乱した。
「失礼ね、あたしだってやるときはやるよ。ま、体育大学だけどね」
とニカッと笑って言った。そして、
「インターハイも出たし、大学でもハンドやるけどさ。社会人でやれるかわからんじゃん? ハンドは大学で終わりになっても何らかの形でスポーツに関われればってスポーツ生理学とかやりたいのよ」
と言った。亜湖は真希と共に中学卒業してから二年半、これだけ短い期間でただ「勉強ウゼー」とぼやいてた真希がここまで将来について考える様になるまで成長してる事に驚いた。

自分はどうなんだろう?

さくらを守らないと、と思い続けるが、将来はどうだろう。今のままでも暫くはいいだろうが、一生丸紫では闘い続けられない。今は社長への恩を返す為にやってるが、精々栄子の年、27〜8位、持って30だろう。そこから先は、引退後は―――?
社長は高校へは行かせてくれたが大学はどうなのだろうか? 亜湖、そしてさくらの成績や高校のレベルから進学は出来るのだが―――。
「そう言えばみんな元気なの?」
何も言えずにいた亜湖に真希が聞いた。亜湖は何と答えればいいか分からなかった。真希の言った『みんな』とは相生坂田孤児院に居た仲間達―――、真希もそこの孤児院出身で小学校卒業後に相模氏の養子になり、寺町真希から相模真希に改姓し、孤児院から出たのだった。
亜湖は真希と中学までは一緒だったので時々孤児院の話はしていた。〜歳の新しい子が入って来たとか、誰誰が引き取られて孤児院から出ていったとか―――。
しかし、高校は全く別になったので疎遠になり、会ったのも2回目だった。つまり、それだけ長い期間、真希は孤児院の現状を知らなかった。
「潰れた―――。もう皆散り散りで分かんない」
亜湖は真希から顔をそらして答えた。真希は、
「え?」
と驚いたがすぐに普通に戻った。
「そっか……」
と呟いた後、一つの疑問が湧いてきた。

亜湖とさくらは誰に養われているのか―――。

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