百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第17章 丸紫1

亜湖は思い切って口に出した。
「しゃ……、社長は、その……昔」
社長は、表情一つ変えなかった。
「昔? 私の昔がどうかしたの?」
先の言葉が出ない亜湖に社長は言った。亜湖は背筋に寒気を感じた。社長は何をした訳でも無い。恫喝した訳でも闘気を全身に纏い襲い掛って来た訳でも無く、普通に言葉を発しただけだった。それでも眼光だけでチンピラを追い返した事を覚えているだけに恐ろしかった。
「アイドル―――だったんですか?」


さくらは学校から帰って来てシャワーを浴びてから丸紫に向かおうとした。すると携帯電話のランプが点滅していた。
『先に練習してて』
亜湖からのメッセージが入っていた。
「―――?」
さくらがシャワー浴びている間に亜湖は出かけてしまっていた。さくらは嫌な予感がした。
「とりあえず行ってみよう」
タンスから新しい下着を出して身に付け、服を選ぶのは時間が掛るし、地下に降りたらすぐに脱ぐので、制服を着て丸紫に向かった。
丸紫に入り、事務所に入った。そこには黒のゴスロリ衣装に身を包んだかえでがモニターで試合を見ていた。
「こんにちは」
さくらは挨拶した。かえでは視線をさくらに向けて、
「こんにちは」
と返し、再びモニターに視線を戻した。さくらは、
「亜湖センパイ見ませんでしたか?」
と聞いた。かえでは、
「見てないわ」
と答えた。さくらは会釈をして事務所を出ようとした時、
「奇遇ね、今美里がいないわ。お互い一人きりなのね―――。それと、二人組は香に狙われてる事もね」
と言った。さくらは、
「え? かえでさんもですか?」
と聞いた。かえではゆっくりと立ち上がり、さくらの傍に来た。
「も? ―――なら分かってるのね? 香の本性は」
かえでは聞いた。さくらは、
「……はい」
と答えた。かえでは、
「なら話は早いわ。最も美里もあなたも"相手としては"眼中に無いわ。ターゲットは私と亜湖ってこと」
と言ってさくらの顎を人指し指でクイッと持ち上げ、
「私や亜湖に無様な負け姿を晒させて、あなたや美里が泣き叫ぶのが見たいそうよ」
と言った。さくらは、
「ひ……酷い」
と呟いた。その後かえでは今までの落ち着いた声ではなく、
「そんな事はさせないわ。奴は私のドレスを馬鹿にした。許さない―――」
とさくらの顎を持ち上げた右手を震わせながらドスの効いた怒りを込めた声で言った。さくらは一対一でかえでと話した事は無かった。まともにかえでの感情を受けた事は無かったので恐ろしく感じた。
かえではその後さくらの顎から指を離し、
「ごめんなさいね、ちょっと取り乱したわ」
と普通の声、表情に戻って言った。
「かえでさんはどうして私に……?」
さくらは聞いた。かえでと亜湖が香のターゲットになっているという事だけならわざわざさくらを捕まえて話する必要など無い。丸紫では自分の身は自分で守る―――、だから香に対する防衛策等各自勝手にやれば良いのだ。
それに、今までの亜湖とさくらに対する態度、そしてランク差から考えてもかえでが声を掛けてくる事は考えられなかった。
「共同作戦と言えばいいかしら」
かえでは答えた。そしていきなりさくらの髪を縛っているゴムを引っ張った。さくらは振りほどき、
「やめて下さい!」
と言い、乱れたツインテールを直した。かえではクスッと笑い、
「その反応の早さ―――余程大事なのね」
と言った。さくらは、
「大事ですよ。センパイが―――」
とムッとして答えた。かえでは、
「大事な先輩に縁のある髪型だからかしら?」
と少し挑発的な聞き方をした。さくらはそれには乗らずに少し恥ずかしそうに視線を反らして、
「はい……」
とだけ答えた。かえでは、
「その先輩を香なんかに滅茶苦茶にされたくはないでしょう」
と言った。さくらはかえでの意図を理解した。
「情報交換しましょう」
かえでが提案した。さくらはこの話に乗らない訳は無かった。
但し、互いに情報交換はするが助けたりはしない。亜湖とさくら、かえでと美里の様な強固な関係は勿論、亜湖達と美紗の様なパートナーよりも薄い関係―――。だから対戦するし、その時は全力で潰すという事であった。

「もういいですか? センパイ探さないと」
さくらは言った。かえでは、
「ええ。いいわよ」
と言ってさくらが事務所から出るのを見送った。

さくらは急いで更衣室に入り、制服を脱いで下着姿になった。それから鏡を見て全身をチェックした。さっきかえでに引っ張られて乱れたツインテールを完全に直してから、廊下に出た。その時強い殺気を感じた。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊