百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第17章 丸紫2

「面白い事言うのね。私がアイドルだったなんて―――」
社長は亜湖に歩み寄り言った。亜湖は一歩下がり、
「聞いたんです、昔の友達から……。本当か確認したくて……」
と答えた。社長は、
「何の為に?」
と聞いた。亜湖は、
「その話だけ信じてモヤモヤした気分になりたくなかったんです。だから本当の事を……」
と答えた。社長は、
「仮にそうだったとしても何の役にも立たない知識ね」
と言い、殺気をみなぎらせた。亜湖はブルッと震え、拳を握り締めたがその手は汗で濡れていた。
「その友達は始末しないとね、私の情報が流れる前に―――」
社長が言ったがその声は『丸紫の社長』の声ではなく、かつて院長と真希に連れられてコンサート見に行ったアイドル、笹山忍の声だった。
「やめ……やめてください! 真希は悪くないです」
亜湖は恐怖に震えながら必死に叫んだ。
「セ、センパイ!」
ドアを思い切り開けてさくらが入ってきた。亜湖は、
「さくら! 来ちゃ駄目」
と制した。さくらは状況から亜湖が社長に何を話したのか理解した。
「さくらには手を出さないで下さい! やるなら私を―――」
亜湖が走って来たさくらをかばって言った。社長は亜湖に歩み寄り亜湖の顎を右手で掴んで自分の方へ向かせ、そして左手でマスクを外した。
「フフッ、やらないわよ。友達もあなたもさくらさんも―――話すかどうかを試しただけよ」
社長は殺気を解いて言った。それから、
「私の過去に踏み込んできたのは二人目ね。その度胸に免じて教えてあげるわ」
と言った。さくらは、
「二人目―――なんですか?」
と聞いた。社長は、
「そうよ。一人目は生徒会長、あの娘は読めないわね」
と口元に笑みを浮かべて答えた。社長の後ろで銀蔵は壁に寄りかかって腕を組んでいた。

オーディションに受かった。そこから笹山忍の人生は変わった。弱冠11歳の小学生、クラスメートからは可愛いだの綺麗だの言われて冗談で芸能人の誰誰みたいな人になれるなんて言われたのも一度や二度では無かった。
忍の家は貧乏だった。その為忍が何と無くオーディション受けたいと言っても誰も反対しなかった。それどころか取らぬ狸の皮算用をはじめる位だった。
忍は軽い気持ちでオーディションを受けた。何のオーディションかの確認も取らずに―――。どうせ受からないだろうから、と。
結果受かった。それから聞いたのはアイドルのバンドをオーディションを受かった人達で組む事だった。
忍は唯一何の楽器の経験も無かったのでボーカルになった。

忍は体が大きかったので映えた。クラスでは背の順で並べば常に一番後ろで、この時既に155cmを超え、160cmを窺おうとしていた。小学5年生で、である。当然他のメンバーより頭一つ大きく見えたので、黒いロングヘアーと併せて相当大人びて見えた。

クラスでは本当に芸能人になっちゃった、と大騒ぎになり、更にはファンクラブが出来たりした―――。校内で野球やサッカー、音楽等様々なクラブがあるが文字通り、
『笹山忍ファンクラブ』
というクラブだった―――。

忍は最初は仕事をしながら学校に来ていたが、段々出席日数が減っていった。それでも社交的な性格が幸いし出席した時に孤独になる事は無かったが、それでも、小学生の笹山忍ちゃんではなく、アイドルの笹山忍さんという風に段々周りの態度が変わっていくのを感じていた。

忍は最初は歌は下手だった。家が貧乏だった為、音楽に触れることがあまり無かったからだった。
今まで歌った歌は学校で習ったものや帰り道で周りから聞こえて来る流行歌、そして学校の終わった後に行く学童保育で流される歌位で、家で聴く事は殆んど無かった。
親は働きっぱなしで家に居ない為、唯一あったミニコンポは埃を被っていた。そんな状況だったので音楽所では無かった。しかし、才能があったのか、ボイストレーナーの言う事を次々とこなし、実際に歌番組デビューする時にはソロで歌える実力になっていた。その為急遽路線変更になった。忍以外の楽器担当のメンバーも忍と同じ旋律を歌い、ハモリは予め録音していたものを合成する、という形態から、忍がメインの旋律を歌い他のメンバーがハモるという普通のバンド同様の形になった。
そして、路線変更から一年後―――。CDはもう売れない、なんて言われる中でミリオンヒットを出した。
忍の歌唱力、そして他のメンバーの実力アップでアイドルバンドながらもう普通のバンドとしてもやっていけるようになっていた。

しかし、それからはあまり売れなくなった。20万枚前後の売れ行きにとどまり、それと共にバンドの活動は減り、忍はソロ活動、他のメンバーはドラマやクイズ番組出演が増えた。

そして忍が中学3年生の時―――。
時々歌番組に出ていたが、もはや歌番組に必要とされず、
「今日が最後だと言われた。忍さんでは視聴率が取れない―――と」
マネージャーが悔しそうに言った。忍は窓の外を見ながら、
「そう―――」
と呟いた。忍はデビュー時より更に大きくなり、身長170cmになり、どこへ出しても恥ずかしくない美人になり、歌唱力ある本物の歌手になったが、それ以外、例えば面白さや可愛いしぐさを求められた。
しかし、忍は歌を知らない自分がここまで来れたのは練習に練習を重ねて積み上げてきた歌手としての実力だと思っていたので、ギャグをやれとか可愛らしく歌えと番組側言われても拒んでいた。

それで仕事を失った。
歌い続けるにはただ、歌が好きとかやりたいことをやりたい、だけでは通用しなかった。顔が綺麗で歌が上手い、でも一緒にいても面白くもない。そんな人は必要ない。そういう事だった。
その時マネージャーがテレビをつけた。昼のお笑い番組にかつてバンドで一緒にやっていたメンバーの一人がゲストで出演していて楽しそうに話していた。
司会者が彼女の略歴を紹介した。
「ミリオンもありましたね、そう、この曲。懐かしいですね」
かつてミリオンヒットした曲をバックに流しそう言った。
たった数年であのバンドは完全に過去の物になってしまっていた。忍に追い討ちをかけたのは、司会者が、
「そう言えば解散とは聞いてませんが、ソロ活動の合間に今でも集まってるんですか?」
と聞いたら彼女ははっきりと、
「いいえ」
とにこやかに答えた事―――。
確かに事実だが、そこは気を使って欲しかった。嘘でも集まってる、まだバンドは終わっていない、と言って欲しかった。忍にとってそれは、メンバーによる解散宣言に映った。

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