百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第17章 丸紫3

「ハコとかならやれるんでしょうか?」
忍は気持ちが落ち着いた二日後にマネージャーに聞いた。ハコとはライブハウスの事である。マネージャーは、
「力不足で申し訳ありません……」
と謝った後、
「ライブハウスなら沢山歌わせてくれるでしょう。今から手配します」
と言った。忍は気を良くし、
「ありがとう」
と礼を言った。


それから忍はライブハウスツアーを行った。連日満員だった。やはりメジャーの規模から見れば対した売り上げでは無くても小さい所でやれば売れに売れるレベルであり盛り上がる―――。そして何より観客との距離が非常に近い。
ここで忍はある男に初めて会った。
「前からコンサートは行ってましたが、間近で話したのは初めてです」
身長185cm程の男だった。
また別の時、昼間にやった時には小学生になる前の幼児にサインを求められたりする事もあった。

こうやってメジャーシーンやテレビから離れて活動をした事で地盤を固め、昔程ではないものの再び仕事が来るようになった。

屋外の音楽フェスタに呼ばれたのである。
「我慢した甲斐がありましたね」
マネージャーは本当に嬉しそうに言った。この時のマネージャーの表情は忍にとって忘れられないものになった―――。

2ヶ月後の音楽フェスタ前日。マネージャーは忍を乗せて車で会場に向かった。打ち合わせとリハーサルの1時間前に着くよう余裕を持って事務所を出た。
しかし、運が無かったとしか言い様が無い事が起こった―――。
高速道路に入った後、マネージャーの運転する車は余裕を持って左車線を安全な速度で走っていたが、ジグザグ走行をする車が後ろから猛スピードで迫ってきた。右車線から中央に、そして左車線にと車線を変えながら猛スピードでマネージャーと忍の乗った車を追い抜いて行った―――。
その時その暴走車は右車線を走っていたが、車線変更のタイミングを誤り、すぐ左の中央車線を走っていたトラックに接触、トラックは荷台が高いタイプで横向きの力に対して不安定なタイプだったので、トラックはバランスを崩して左に倒れた。
マネージャーはハンドルを切ったが間に合わず、車はトラックに押し潰された―――。


忍が気が付いたのは事故から2日経ってからで、病院のベッドだった。
「―――!」
言葉が出なかった。顔が締め付けられる感触がしたのでトイレに行こうとした。

立てない。

右足を見るとギブスで固定されている。左腕もだった。何とか普通に動く右腕を伸ばし、ベッドの脇に置いてある松葉杖を手に取り、トイレに行った。そして鏡を見ると、

鏡に映っているのは包帯に巻かれたいわゆるミイラ女だった―――。

忍は全てを理解してしまった。もう顔には修復不能な傷がついているという事を。
忍は看護師を急いで呼んだ。そして看護師が来るや否や、半狂乱状態でマネージャーの事を聞いた。
今まで沢山辛い事があったが、マネージャーのお陰で立ち直り、次に進めた。マネージャーが笑顔でいてくれたら顔に傷を負った自分でも何とかなるかもしれない、と。
しかし、看護師の言葉は忍を地獄に叩き落とすには充分過ぎた。
「亡くなりました―――。即死です」
助手席に座っていた忍は右から倒れてきたトラックに潰されずに済んだという事だった。
忍はその場に崩れ落ちた。芸能人として本当の意味で終わってしまった―――。

連日ワイドショーでは笹山忍の事故、そして芸能界に復帰は不可能な見方が強い事を報じていた。バンドのメンバーは何回もインタビューを受け、疲れの色を見せていた。

一週間後、何年か振りにバンドのメンバーが集まった、忍の病室に―――。
話し合いが行われた。その内容は、バンドは解散する事を内外に示すかどうかだった。忍以外の4人はもはやバンドなど無くても活動の地盤を持っていた為、逆に活動してないとは言ってもバンドがあると動きにくい所があった。


忍再起不能→バンド解散

ある意味自然なこの流れは他のメンバーには好都合だった。忍は他のメンバーがそういう風に考えに至るのはこの間の番組を見た時の事から理解していたので特に反対はしなかった。体のいい厄介払いが出来たんだな、と思った。
バンドとは言っても、忍と他4名といった見方をされていた。他4名はどんなに上手になっても一般には認められなかった。所詮アイドルバンド―――。先に、バンドとして売り出しても通用するといったが、それは本当にやっている人が聴けば解るという事であり、一般視聴者はこのバンドにはゴースト奏者がいて、彼女等は演奏などしていないと思っていたのだった。
だから常に付きまとうボーカリスト忍の影から離れたいというのが本音であり、忍が他のメンバーと会ったのはこれが最後となった。

次の日、解散が発表された。今後の活動としてはギターの人はアイドルギタリストとしてギターを続け、各イベントへ出ると発表した。今までギターとして出るなんて殆んど無かったのに解散を決めてからギタリストとして出るなんていうのは、忍の存在が如何に邪魔であったかを物語っていた。また、他の3人は楽器からは完全に足を洗い本格的に女優として、または歌手デビュー目指すと発表した人もいた。それを見聞きして忍は別に悔しいとも思わなかった。全てがどうでもよくなった―――。
それから2週間後、忍はひっそりと芸能界引退を発表した。あえて顔に包帯を巻いたまま、小さな会場で一人で、少人数の記者に囲まれた状態で―――。ミリオンヒットを飛ばしたバンドのボーカルとしてはあまりにも寂しい記者会見になった。

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