百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第17章 丸紫4

半年後―――、忍は傷が完治しリハビリも終わり、退院した。しかし、体は治っても心の傷は全く治っていなかった。忍は売れていた時代から質素な暮らしをしていた為、売れなくなった後も、そして入院していた時も銀行口座には金は沢山残っていた。今も金自体には全く苦労していない為、この金を貧乏だった実家に全て贈与した後は死んでしまった方が良いのではないか、と思うようになっていた。
となると考えたのは死ぬ方法であった。顔に醜い傷が残っているものの、元々は綺麗な顔―――。今でもその傷を無視すれば充分に綺麗な顔なのである。その顔を汚す様な死に方だけはしたくないと思った。だから首吊りや飛び降り、飛び込み自殺は出来なかった。
となると薬かガスか―――?
と考え、材料を手に入れる為に繁華街をうろついていた。その時―――、
「笹山忍さんですか?」
とある男に声を掛けられた。忍は、
「はい」
と元気なく答えた。男は白いスーツにサングラス、そして頬に傷を負っていた。その格好から堅気では無い様に見えた。芸能界で使えなくなった忍を東南アジアにでも売り飛ばす心算だろうか? と思った。日本を離れてしまえば元アイドルだったなんて誰も解らないのでそれも悪くは無いと思った。確かに日本の文化は良く入り、日本のアーティストやアイドルのファンも多いが、終わってしまったアイドルを忘れるのは日本以上に早いだろうと思った。所詮外国のアイドルなんだから―――。
そう思っていた忍に男はある提案をした。
「商売する気はありますか?」
と言ったのだった。忍は男の意図は全く理解できなかった。
「私に商才があるとお思いですか?」
忍はそう聞いた。男は、
「解らない。でもあなたを放っては置けないんです。放って置いたら今にも死んでしまいそうではないですか―――」
と言ってポケットの中から一枚のカードを取り出した。
「ファンクラブの会員証―――」
忍は驚きを隠せなかった。忍は芸能界を引退したので当然ながら公式のファンクラブは解散となった。今でも大切にファンだった証のファンクラブの会員証を大切に持っている人に会えるなんて思ってもいなかった。しかも、人気絶頂期ならいざ知らず顔に醜い傷を負い、死ぬ事まで考えてる今の自分に対して会員証を見せて、放っては置けない、なんていう人が居たなんて……。
忍は一つの決意をした。どうせ自分は死のうと思い死に方を考えていたのだ。それならば、自分のファンであったこの男について行くのも悪くない。どんな商売をするのかわからないけれど、商売をやってみるのも面白いのではないか―――と。
「分かりました。その話、受けます」
忍はそう答えた。男は、
「まともな商売ではないとは思いますが、それでもいいですか?」
と念押しをした。忍は、
「はい」
と答えた。忍のその返事を聞いて、男は居川銀蔵と名乗った。

二人は話が終わった後、川沿いの小道を歩きながら話していた。
「覚えていますか? ライブハウスで会った時の事―――」
銀蔵は聞いた。忍は、
「え?」
と聞いた。男は頬を指して、
「あそこでこの傷を晒すわけには行かないでしょう。周りはアイドルのコンサートにヤクザが来たと思いますからね」
と口元に笑みを浮かべて答え、あの時会った時は顔の傷を隠していた事を告げた。そして、
「またあの時みたいに輝いていて欲しいのです」
と言った。

銀蔵はまともな商売ではないと言ったが実際始めたのは不動産屋であり、まともな会社であった。
「忍さんには将来―――そうですね、2年後には社長になってもらいます」
銀蔵はそう言い、更に、改名と整形をするように言った。
「"笹山忍"を捨ててもらいます。未練はありませんね」
銀蔵は言った。忍は、
「はい」
と答えた。忍に未練はなかった―――、強いて言えば紅白歌合戦に出られなかった事位か。しかし、この傷がある以上それはもう叶わぬ夢だった。
忍は未成年だったので忍の実家へ行き、両親に了承をとりつけ、改名と整形を行った。
傷は今よりは目立たない様に出来ると言われたがそれでもすぐに傷と分かるレベルにしかならないのと、この傷が新たなスタートになる、という理由で傷に手を入れる事は断った。
美人は美人だが、今までとは真逆の顔になった。清楚な今までとは逆に、非常に勝ち気で攻撃的な感じだった。そして顔が変わったのを機にロングの髪を切りショートカットにし、自分で名前を考え、佐々岡ひかりと名乗ることにした。笹山だったので最初の『ささ』は残したいと思ったので残し、字を変えて佐々岡にした。

銀蔵は部下に暫定で社長を任せ、忍、いや、ひかりを社長にすべく鍛えあげる事にした。その前に銀蔵は一つ質問をした。
「社名は何にしますか?」
ひかりは、暫く考えた。その時花瓶に飾ってあった丸々とした紫の花が目に留まった。
「"丸紫"で―――」
こうして丸紫が誕生した―――。

ひかりは一つ不思議に思ったので銀蔵にぶつけた。
「これは普通の不動産じゃないですか。何処がまともじゃないんですか?」
銀蔵は、
「これは表の顔ですよ」
と笑った。

表の顔―――、不動産業はひかりが社長になるまで、そして裏の顔を作るまでに資金を貯める為のものであった。
実際ひかりはこの間、銀蔵や彼の知り合いの伝で様々な体術を身に付けさせられた。ひかりはこれと裏の顔の関連が解らなかった。おぼろ気に、カタギではない商売をするなら喧嘩が強くなければいけないのか、とは思っていたが―――。
ひかり、16歳も終わりの頃。銀蔵は一つの計画を持ち掛けた。
それが闇プロレスであった。正確にいうと銀蔵が持ち掛けたのは闇の格闘技だったのだが、ひかりがそれを闇プロレスと受け取ったのでそれをそのままやる事になった。
ひかりの様に日の当たる世界で再起不能になってしまった者達が闘う場所―――、それを提供するという事だった。

選手を募集すると狙い通りの人が何人か入って来た。
山崎亜希子、佐藤洋子、小林栄子―――。この3人は特に癖があった。
亜希子は可愛らしい優等生に見えて、裏で大麻栽培をしていて逮捕され、高校退学処分に。洋子は自傷行為やそれだけでは飽きたらず器物破損の常習犯になりこちらも逮捕歴有り。栄子はバスケットボールジュニア代表候補になりながら再起不能の怪我をしてひかりの様に抜け殻状態だった人。
その他にも色々入って来た。

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