百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第17章 丸紫8

「ちょっと話が長くなりましたわね。アイドル時代を話すつもりがここの歴史になってしまったわ」
社長はそう言って締め括った。亜湖とさくらはは何も返す事が出来なかった。
まさかチンピラを睨み一つで追い返す程のこの社長が、かつてのアイドル笹山忍であり、しかもあろうことか一時死のうと考えた事が有ったなど想像も付かなかった。しかしそれだからこそ、やってる事は目茶苦茶であれ結果的には沢山の人を救ってるのでは? とも思えた。
練習後、亜希子と話した時、
「私って大麻栽培の前科があるんだけど―――」
と言った事があった。しかし、自分では吸っていなかったので社長(というより当時は社長代理と銀蔵)に拾われた、と付け加えた。また、かえでも自分が拾われた時、薬物常習癖のある部下は放置された、と言っていた。
この事から薬物に汚染されてる人は見捨てる傾向がある。これは、薬物に汚染されやすい芸能界に居た事が関係あるのか、それとも汚染者を選手にするのは時間が掛り無駄が多いからなのか聞いてみると社長は、
「両方よ」
と答えた。あのバンドの後日談として、メンバーだった一人が覚醒剤所持で逮捕された件があった。生徒会長が新人戦で勝った頃である。
社長はその時は闇プロレスの方にはあまり顔を出さずに、不動産部門の方にいた。闇プロレスの事をほじくられる危険を避けるためである。更に、もう一般人だからという理由で取材を拒否した。
「手を打っておいて良かったわ」
そう呟いた。
この事件を通して再び出かかった笹山忍の名は、笹山忍は不動産屋に"勤める"一般人になった為事なきを得た。
そこに居たのはあくまでも社長の佐々岡ひかりだったという事だ。
「年も背も近いし顔に傷があるから時々そう言われますわ」
社長は笹山忍に似てるとマスコミに言われた時はこう答えた。結果論だが、芸能界引退会見時に顔に包帯を巻いた姿で居た事、そして銀蔵の計らいで声を変えた事が自分を救った。
笹山忍の顔の傷の『位置』までは誰にも分からないのだから―――。

「兎に角そういう事ですよ。だから貴方達も頑張りなさい」
と言った。亜湖とさくらは、
「は、はいっ」
と返事した。社長は、
「亜湖さん―――。貴方には連絡ね」
と言った。亜湖は、
「はい」
と返事すると社長は、
「次の試合は2週間後―――、香さんとです。本人から申し入れがありました。期待してるわよ」
と言った。亜湖は、香が志願した試合という事でこの間言われた言葉、
「貴方は周りを楽しませていればいいのよ」
というのを思い出した。その為、乗り気がしなかった。
「どうしたんですか?」
社長が聞くと、亜湖はその事を説明した。
「つまり、裏切られた様な気持ちなんですね?」
社長が聞くと亜湖は、
「はい……」
とうつむいた。さくらは社長と亜湖両方に、
「私は元々香さんは嫌いです。センパイ―――やっつけちゃって下さいよ……貸しだってあるんだし」
と言った。貸しとは―――、香にブラジャーを奪われた事である。亜湖は、
「うん……」
と答えたが覇気がない。社長は、
「さくらさんの言う通りですよ。さくらさんは分かっていたのに、貴方が勝手に香さんを仲間みたいに思ってたのではありませんか?」
と言った。亜湖は、
「そうかも知れないですけど……」
と答えた。しかし、今試合を受けてしまうと、香が言う様に香やみんなを楽しませて終わりになってしまう。それだけ亜湖と香にはランク差があった―――。
「センパイ……、実力差を気にしてるんだったら、私―――いい話を聞いたんですが」
さくらは亜湖の表情から察して言った。亜湖は、
「そ、それって?」
と聞いた。さくらは、
「かえでさんが情報をくれるって。香さん対策の」
と言った。亜湖は、
「え? ―――でもかえでさんも」
と驚いたがかえでも亜湖に敵対心を持っている人。簡単に信用は出来なかったがさくらの説得で何とか気持ちを前向きに持っていく事が出来た。
「情報をくれると言ってるのだから貰っておきなさい。かえでさんはそこは誠実な人よ―――。嘘はつかない」
と社長は言った。亜湖は、
「はい……、分かりました」
と返事し、
「沢山のお話ありがとうございました」
と言ってさくらと一緒に部屋を出た。


バンドの元メンバーの薬物事件の話には続きがあった。社長は彼女を救済するつもりは無く、彼女が出所した時も全く動かなかった。
バンドの末期は四対一状態で、何かと厄介もの扱いしていた癖に腫れ物を触るようにしていた。そして忍が事故から再起不能になるとまさに待ってましたとばかりの解散だった。
薬物で逮捕された元メンバーが出所した時、あるつてから忍宛てに別の元メンバーから連絡が来たが拒否している。
「今まで邪魔者扱いしてきたのにこういうときだけ助けてくれですか?」
社長はそう言ってメイドに断わりを入れるように言っている。
それは、先に沢山触れた様な、他メンバーに疎まれていたからという理由だけではない。バンドの元メンバーと関わりを持つと闇プロレスの事が表に出る恐れがあり、そういういった事になった時にはやはり彼女達には逃げられる、つまりもう信用できないという理由もあった。

また別の時、銀蔵とメイドを引き連れて町を歩いていたとき、元メンバーの二人とすれ違った事がある。
社長は前から二人が歩いて来るのに気付くと、あえて闘気全開で歩いた。二人はそれに気付き、社長達四人から距離を取ってすれ違ったが、社長が笹山忍だった人とは気付かなかった。つまりその程度の間柄であったのだった。生徒会長ですら"笹山忍"と気付いたのに―――。
互いの会話が聞こえない程遠ざかった時社長は、
「いいのよ―――サイン貰っても。ファンだったのでしょう。銀蔵さん」
と言った。銀蔵は、
「いいえ、結構です。私は笹山忍さんのファンですから―――」
と言って笑った。社長は銀蔵と部下二人には気付かれないよう静かに笑った。
銀蔵はコンサートに行く程のファンだったので当然バンドのメンバーは全員知っているが、当時から"笹山忍のファン"であり続けた。
それを聞いてから社長は、丸紫の一室を使ってコンサートをするようになった。観客は銀蔵一人だけの―――。
アイドル時代の声は封印し、ドスの効いた迫力ある声に変わっていたが、この時だけはアイドル笹山忍の声だった―――。


亜湖とさくらに関しては想定範囲外だった―――。それはさくらが着ていた制服を脱いで下着姿になってしまった事だった。
流石に驚いた。社長だけでなく銀蔵も―――。しかし、自分が動揺するとそれが周りに伝波する。
「服装は自由と言った以上、ルール違反ではないわ―――」
社長はそう気を取り直した。危険が無ければいいのである―――。ここでいう"危険"とは、選手全員が理解している物理的な危険性、要は服自体が凶器になる事だけでなく、放送配信出来なくなる危険性を持った服装またはフルヌードも入るのである。
実際、洋子が賭け試合に負けて次の試合で下着姿で闘った事があるのだ。それは一試合限定だったし、洋子は体格が小さくかつ太ってる、までは行かないがポッチャリ系―――要は土管体型だったのであまり好評では無かったが、洋子よりはるかにさくらは体格が良かったので人気が出るのではないかと思った。
そして今までのやり取りから、亜湖がさくら一人を下着姿という恥ずかしい格好にする訳は無いと踏んだ。予想通り亜湖も制服を脱いだのだった―――。

それにいち早く目を付けたのが香だった。
さくらの新人戦で恥辱技を掛けまくり、盛り上げたり、その他でもあれこれやりたい放題やり、賭けの倍率上げに貢献した。

「今度の試合はどうなると思いますか?」
社長は残った銀蔵に聞いた。銀蔵は、
「亜湖さんは自分が思ってる程弱くはない」
とだけ答えた。社長は、
「そうね―――。じゃ、今日もやりましょうか……」
と言った。そして二人はある一室に移動した。そこにはピアノとギターが置いてある完全防音室―――。
社長はピアノの椅子に腰をかけマネージャーの遺影に祈りを捧げてから、観客が一人という世界一小さなコンサートを行った。
そこでは世間からは消え去ったアイドルが楽しそうに歌っていた。

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