百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第18章 亜湖 vs 香12

香は肩から後頭部を強く打ち付けられ、大の字になり、動かなくなった。レフリーは香が気を失った事には気付いていたが、亜湖のバックドロップはフィニッシュ技―――、その為試合を止めなかった。
亜湖は這うように香に覆い被さり片足を片海老に固め、フォールした。
「ワン、ツー、スリー」
香は全く返せなかった。亜湖は香の足を固めた腕を外した。香の足はリングに落ちて再び大の字になった。亜湖は覆い被さったまま、
「香さん……どうして……」
と香の激しい鼓動を聞きながら呟いた後、半回転して香から離れ、リング中央で仰向けになって片膝を立てて涙を隠すように両手で顔を覆った―――。

「センパイ―――何で泣いてるの―――?」
さくらは呟いた。さくらは亜湖が勝利を喜んで泣いているようには見えなかった。美紗はその事には、
「さあな」
と言っただけだった。そして少し間を置いてから、
「香は自分が引退させた外人のこと―――覚えてるのかな? 今度は香がそうなった」
と呟いた。さくらは、
「それってどういう事ですか?」
と聞いた。美紗は、
「香と試合して、その直後に引退した外人知ってるだろ? あたしはそいつとはタッグパートナーになった事もある」
と聞いた。さくらはコクリと頷いた。これは何も特別な事をしなくても過去の試合や選手の事を調べれば解る。
美紗はさくらに説明した。その時のその外人は香を小柄な日本人と侮って負けた。相手を侮る事がどれだけ愚かな事であるか、香は知っていた筈なのに香は亜湖をランクが下位の上にいる事を理由に必要以上に低く見た。それが敗因だった。きちんとランクだけでなく今の亜湖の実力を前半の5分で把握し、試合を組み立てていれば香の負けは無かった―――。
「あの性格だ。暫くは立ち直れないだろうな」
美紗はそう締め括った。さくらはそれを聞くと何とも言えなかった。美紗は、
「まさか香が可愛そうだなんて思ってないだろうな?」
とさくらを睨みつけた。さくらは首を振り、
「全然思いません。センパイをあれだけの目に合わせて―――センパイが勝ってスッキリしました」
と言った。本当は少し同情したのだが―――。


亜湖は暫く顔を両手で覆っていたが、その後起き上がり、しゃがみこんでいた。レフリーは亜湖が顔を覆っていた間、香の介抱をしていたが、香が意識を取り戻さないので2人トレーナーを呼び、3人で介抱した。そして香の意識が戻るとしゃがんでいる亜湖の右腕を上げ、勝利を告げた。

亜湖は香のコーナーに試合中に外れた、いや―――外されたブラジャーが掛かっている事に気付いた。しかし、そちらを見るだけで取りには行かなかった。
香が上半身を起こすと、亜湖は顔を赤らめて、
「私が勝ちました。や……、約束通りブラ……ブラジャー返して下さい」
と言って立ち上がった。この言葉を香に直接言い、そして香の手から返してもらう為に亜湖は自分では取りに行かなかったのだった。香は後頭部を押さえながら、
「分かったわ……」
と苦し気に言って四つんばいで自分のコーナーに行き、引っ掛けてあるピンクのブラジャーを取った。そしてロープを掴みながら立ち上がり、フラフラとした足取りで亜湖の元に戻った。そして亜湖に渡し、
「壊れてはいないから―――。後、前のは明日にでも返すわ……今はここには無いから」
と言って、その後トレーナーに肩を借りながらリングから下りた。
亜湖は返して貰ったブラジャーを手に持ったまま香が控え室に消えていったのを見送り、その後、ブラジャーをパンティのサイドにに引っ掛けて、それからリングを下りて控え室に戻った。

亜湖は控え室に戻った後、パンティ一枚姿のままで椅子に座り、暫くの間両手で顔を覆っていた―――。

「今日は丸紫さんからの患者さんが多いですね、どんな試合してるんですか」
専属とも言える病院の医者が呆れる様に言った。この先生は丸紫の闇プロレスを知る数少ない人だが、さすがに亜湖とさくらが下着姿でやってる所までは知らない。
しかし、社長が顔を怪我した時から世話になっている関係で信用出来ると判断し、選手の治療を任せていた。
「今日は潰し合いでしたからね」
社長が答えた。
かえではあばら一本骨折と捻挫と打撲で入院、香と亜湖は脳の精密検査の必要有りだった―――。
亜湖はフリルのついたお気に入りの白いミニスカートにブラウス姿、さくらは色違いで水色の同じ服装で病院に来ていた。
「勝ったのね?」
顔の化粧をしなおして綺麗になったかえでが聞くと亜湖は、
「はい。ありがとうございます」
と答えた。かえでは、
「おめでとう。私のフォローはこれで終わりかしらね―――」
と言ってクスッと笑い、
「復帰したら試合をしましょう。約束通り毒霧は使わないわ。潰してあげる」
と言った。亜湖は頭を下げて、
「私も頑張ります。よろしくお願いします」
と言った。それから香の所に行くと、ジャケットとブラウスにロングスカートという服装で、黒くて長い髪を下ろし眼鏡を掛けた姿―――首に包帯をしている所を除けば、読書の似合う清楚なお嬢様の姿だった。香は何も言わずに座って本を読んでいた。
亜湖に気が付くと、
「私の負けね、でも引退はしないわ―――。今度は叩き潰すから覚悟してなさい」
と穏やかに言った。香は病院に入ってから敗因を分析していた。そこから導き出された結論は美紗がさくらに説明した通り、亜湖を侮りすぎた事―――。それだけだった。亜湖のブラジャーを奪って弓矢固めを掛けた時ブラジャーの有無による胸の揺れ方の違いを見たらそこからは一気に勝負をかけるべきだった。
その後も遊び過ぎて、生徒会長が指導してくれた短時間で勝負をつけるやり方を実践出来なかった。
「次はかえでクラスとして見るからね、お互いにこれからも頑張りましょう」
香はそう言って口許に笑みを浮かべた。

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