百花繚乱
百合ひろし:作

■ 外伝-01章 偶像と現実の闇1

ゆめは テレビにでるアイドルになって 歌をたくさん歌って みんなとたのしくやることです!
小学校3年生の時の文集に書いた夢であり、小学3年生が書いたにしては随分綺麗でかつ、力強い字だった―――。
この夢を書いた人は―――、今は夢破れて丸紫で試合しているレスラー、草薙良である。


良は体格はクラスで身長順に並べば常に真ん中からやや後ろ、そして地元のドッヂボールクラブに入って活躍し、いつも遊ぶのは男の子ばかり、勿論女の子にも友達はいるが、ままごとしたりするよりも泥だらけになっている方が好きなタイプだった。
そんな良がアイドルになりたいなんていう事を文集に書いたものだから周りは驚いた。
「オイオイ草薙、お前がアイドルなんかなったらみんな目がくさっちまうよ」
「男女がアイドルになったら見てる奴ががさつになっちまうぜ」
悪友がはやしたてる。良はそれに対し、
「何だよテメーラ、ぶっ殺すぞ。あたしがアイドルになったら飯おごってやろうってのにいらねーのかよ」
と返したりしていた。半袖短パン姿で全くもって乱暴な言葉遣いで―――。
良は男の子の様な外見―――いわゆるショートカットの髪型ではあるが男の子よりは多少長く、耳が半分くらい隠れていた。それ以外は全く男の子とは区別が付かない子だったが、たまにおめかしする時があった。
それは珍しく家族揃ってお出掛けする時―――。麦わら帽子にワンピース姿、そして赤い靴を履いていた所を目撃された時はその可愛らしさと普段とのギャップに皆驚いた。次の日例によってはやしたてられたが、その主犯は良に泣かされた。
良は、女の子にモテる系の子であったが、そういう子が持つ事がある感情―――「実は女の子らしい可愛いのが好きなんだよ、そういう所を見てよ」的な感情は持たず、アイドルとはいっても可愛らしいアイドルは好きではあるが、自分がなりたいのはやはりかっこいいアイドルだった。
確かにおめかししたりはするし、そういう可愛らしいのも悪くない―――いや、それ自体は好きではある。しかし、それは自分のアイドルとしての像とはかけ離れていたのである。勿論小学生の良がそこまで考えていたわけではなく、単純に正義のヒーロー的なかっこいいアイドルに憧れていただけである―――。
しかし周りは女子アイドルと言えば可愛らしくというアイドルのステレオタイプに当てはめていたのでその意識の違いから、悪友は最後に良に殴られ泣かされる事態になったのである。

しかし、良のアイドルになりたい気持ちは本物だった。男の子と泥だらけになって遊んだりするが、休み時間が短い時は即席のステージを作ってその上で歌って踊った。テレビのアイドルの踊りを覚えて踊っていた。
「あーっ! 失敗した!」
うまく踊れなかった時は机を蹴飛ばして悔しがったりもした。
「男女じゃそれは無理だろ」
悪友が悪乗りをして言うと良は、
「うるせー! 無理じゃない!」
と返し、もう一度やろうとするが、決まって休み時間が終わるチャイムが鳴った―――。
悪友ははやしたてるが、客観的に見て同年代の女の子に比べると歌も踊りも完全にレベルが違っていた。ドッヂボールのチームで体を動かしている事が良の運動神経の基礎となり、更には休み時間のステージ、家でもアイドルが新曲を出したりしたらそれをコピーしていた―――。


私はアイドルになりたい
良は小学校の卒業文集にもそう書いた。それを滑稽だと笑う人は居なかった―――。周りも似たような事を書く人がどれ位居ただろうか―――? 男子ではプロ野球選手やJリーガーと書く人がクラスに何人も居た。
クラスで秀才と言われた人でどれだけの人が東大京大、旧帝大に行けただろうか? ましてやその道で名をあげる人はどれだけいただろうか?
クラスでスポーツ万能な人がどれだけプロスポーツ選手になったりオリンピックや世界選手権に出られる選手になっただろうか―――?
答えはまず―――否である。何千人、何万人に一人という世界である事に対してクラスの半分くらいの人は夢見ているのである―――。その為、良のアイドルになるという夢は大人から見ればそういうものの一つでしか無かった。
同級生とは、あんた凄い、自分も夢に向かって頑張るから頑張ってね、とお互いに夢を実現するように頑張り合う事を誓い合い、親達は、まあ高校行く頃には目が醒めるから好きに言わせとけといった感じだった。


ブレザーやらセーラー服に身を包んだ中学時代―――。やはり小学生時代と同じ様に将来の夢を書く欄があった。
小学生時代の秀才やスポーツ万能な者は大分篩にかけられていた。今迄一番が当たり前だったのに試験10位がやっとかよ―――。俺は断トツで足速かったのに、体育祭で三位……しかも大差で、うちの小学校がレベル低かったんだ、上には上がいるね―――。サッカー部の控えだよ、ずっと―――、こんな筈じゃ無かった……。
こんな感じで自分が井の中の蛙だった事を知り、夢を現実的な物にシフトしていき諦めていった。
一方良は諦めては居なかった。良の意思が強かった事、更には勉強や運動の様にすぐ近くに夢を諦めさせるだけの強力な敵も居なかった。
アイドルは試験でなるものでも部活動でなるものでも無かったからだった。オーディションを受けて勝たねばならないものだった。身近にオーディションを受けようなんて者はそうそう居なかった。

良はダンス教室に通いたいと言った。両親はどうせ周りについていけなくてそのうちやめるだろう、アイドルなんて言ってもそんなに甘くない事にすぐに気付く―――と承諾した。しかし、ろくに話し合いもせずに、娘の意思の固さも確認せずに、何と無く承諾した事が娘の不幸―――要は後に結果として良を丸紫のレスラーにしてしまうとは思っても居なかった。

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