百花繚乱
百合ひろし:作

■ 外伝-01章 偶像と現実の闇2

良はこの教室で小さな壁に当たった。それは自分より上手な人が何人かいた事だった。彼女達は小さい頃からダンスを習い、基礎があった。一方良は独学―――コピーで学んでいたので基礎が無かった。その為この教室に長くいる人から見れば、

天性の運動神経とリズム感で何とかついて来てる―――

といった感じだった。しかし一人を除いて誰も指摘はしない。その欠点に良が気付けば良がスカウトされたりオーディションで勝ち上がってしまうからだ。ライバルは、特に才能有りそうなのは早めに潰れてもらった方が自分がアイドルになるのに手っとり早いという事だった―――。結局教えてくれたのは教官ともう一人―――、良と同い年の人、渡辺綾乃だけだった。良はこうやって勉強や運動で強力な敵と出合った事で夢を諦めて行った同級生と同じ様に、一足遅かったが強力な敵と闘う中に入って行った。
そうしているうちに一人、そしてまた一人と減っていく。勿論芸能界を夢見る小学生が沢山入って来るので教室自体の生徒数はいつも沢山いる。唯、中学生の上の学年になると二人いればましな方だった。
良は辞めていく人を見ながらも懸命に残った。そして中学3年の時―――、

良と同学年ながらこの教室では大先輩で幼稚園時代からアイドルを目指していた人がオーディション落選を機に……辞めた。
その人は良よりダンスが上手い人―――渡辺綾乃だった。他にも先輩で何人も良より上手い人は居たが志が低かったり、意地悪だったり、中途半端だったのでその人達が辞めて行った時は何とも思わなかった。しかし、今回は話は別だった。
良の意思は半端では無かったが、綾乃は良でさえも驚くほどの意思を持っていた。そればかりか、良が粗削りさを見せていた時、他の人はライバルが減ることを望んでいたので放置していたが、綾乃だけは良に色々基礎を教えてくれた―――自分の復習にもなると言って。
更には良と共に励まし合って今まで来て、一番上の世代になってもそれは変わらなかった。その為綾乃の挫折は良に衝撃を与えた―――。そしてその話を両親にしてしまった事が間違いの始まりだった―――。

初めて”諦めろ”と聞いた。それだけやってる人が駄目だったのだから、中学に入ってから本格的にダンスを始めた良に出来る訳がない、と始まったのだった。それを聞いて良は反発した―――。当然である。
「今はあたしが一番だ! それに彼女だってそういう約束で仕方なく辞めたんだ!」
その友人は中学3年で受けるオーディションに受かれば芸能界入り、落ちたら夢を諦めて家業を継ぐ勉強をするという約束でオーディションを受け、そして落ちたのだった―――。
「それは言い換えればその子が居れば貴方は一番じゃない。一番にはなれない。一つの教室で一番になれないんだから、オーディション受けた所で受かる訳ないよ。それに沢山の子供達が後ろからついてきてるんでしょ? だからいつか追い抜かれるよ」
このセリフは良にはきつかった。しかし、良はこれしきの事ではアイドルになる夢を諦める訳無かった。
「誰にも追い抜かせなければいいんだ。あたしは、オーディション受けてやる」
良はそうタンカを切った。

また一つ―――壁があった。今度の壁は、言葉の壁だった。良は言葉が乱雑である。小さな頃から男の子と遊び、そして中学になっても女子と居るよりは男子と居る方が長い。つまり思春期の男子と居るという事は―――結構下品な言葉を使うのである。
「その言葉を何とかしないとオーディションにエントリーさせる事は出来ないわね」
教室の教官が言った。自己紹介をしたりする時に良の地が出て来る―――緊張すれば尚の事だった。それはアイドル―――ステレオタイプのアイドルはトイレにも行かないような清楚なイメージ―――とはかけ離れてしまうのでそれが出てしまうと即落選に繋がる、という事だった。
良は家に帰ると学校の勉強を済ませた後、基礎体力作り、そして次は言葉の勉強をしていた。それを見て両親は心配するほどだった―――。言葉という壁が良にプレッシャーを掛けているのではないか、ダンスや歌が及第点になってたとしても、結局それで落ちて駄目になってしまうのではないか―――? と。
両親は良にアイドルを諦めさせる為に、一つの話をした。それは良が知らなかった事―――。
「え? 笹山忍が引退??? うそだろ??」
両親は良を呼んで去年、笹山忍が芸能界を引退した事を話した。週刊誌の写真付きで、である。良は、去年は学校から帰った後直ぐにダンス教室に行って、帰ってきたら風呂入って寝る、という暮らしを繰り返していた為情報を得ていなかった。また、笹山忍は完全に落ちぶれたアイドルとして、顔の傷を隠す為に顔に包帯を巻いたまま引退記者会見に臨むという方法を取った為扱いは大きくなかった。普通ならミリオンヒットを出したアイドルの引退となればどんな形であっても世間が大騒ぎするのだが、そうは―――ならなかった。もう顔の出せないアイドルなんて、他へ転身だって出来ないしどうでもいいさ。そんな風潮だったのである。
良は笹山忍のファンだった。笹山忍達のバンドの曲を小学校や中学校で歌って来た。しかし、最近になると笹山忍の歌った歌を歌っても受けが悪くなって来たのは感じていた。
「その曲、もう古いぜ、今はコレだろ」
「そのバンド、まだやってるの? 全然聞かなくなったな」
「草薙さん、笹山忍って一発屋だった人でしょ?」
この様な事を聞く事が多くなっていたのは気にしていたがまさか引退しているとは思わなかった。つまり両親は今度は、アイドルなんて使えなくなったら直ぐにポイと捨てられる消耗品でしか無い事を強調する事によって良を説得に掛かったのである。

しかし、良は折れなかった。

「あの子にしたって、笹山忍にしたって、駄目になった人を、続けられなくなった人を例に出してあたしを諦めさせようったって、あたしは諦めない。あたしなら出来る。だってあたしの様なタイプは居ないんだから」
良はそう言って頑として折れなかった。
「学校の勉強だってきちんとやってるんだから」
良はいつもそう言っていた。確かに勉強は得意ではない。成績は中の中位である。でも、その位置をしっかりキープしてその上でアイドルを目指しているんだから学業を理由に諦めさせるなんてとんでもないと、そちらの方は手を打っているのである。

良は高校生になった。流石に高校生になると少し焦りを感じるようになって来た。自分は本当にアイドルになれるのだろうか―――? そう感じ始めていたからである。今テレビに出ているアイドルは小学生時代から下地があったり、子役でやっていたり、人気アイドルのバックダンサーで慣らしていたりしていたのが多い。笹山忍にしたってそうだ、彼女だって小学生でデビューしていたではないか―――。しかし、良はダンスにしても中学から始め、更に、一番の友人は中学時代にオーディションに落ちた事で辞めてしまっている。また、この教室からも良より二つ下の子が今年芸能界デビューが決まったのだった。本当に高校生になってしまった自分はアイドルになれるのか、心配が段々大きくなってきた。
そんな時、一つのオーディションの話が持ち上がっていた。条件として現役高校生であるということ。役としてはドラマのエキストラ的な端役ではあったがこれを足掛りに良は飛躍しようと思った。
「受けてみなさい。話はしておくわ」
ダンス教室の教官は快く言ってくれた。そしてオーディションを受け、見事に良は端役でドラマに出演したのである―――。本当に地方局のドラマの端役ではあるが。

端役ではあるものの、オーディションできちんと選ばれて仕事までこなした良に対し、両親も暫くの間は辞めろとか、諦めろとかそういう事は言わなくなった。しかし、その後はめっきり仕事は来なくなり、ダンス教室に通いながらもオーディションを受け続ける日が続いた。

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