百花繚乱
百合ひろし:作

■ 外伝-01章 偶像と現実の闇3

そして高校3年になった―――。
「はぁ……、最近ちっとも駄目だよ……。また落ちた」
良が電話していたのは共にダンス教室で学んでいた友人、渡辺綾乃だった。彼女はダンス教室で学んだ集中力を学業で発揮し、今では学年トップの成績を狙える位置に居るらしい。そして家業である医者を目指して勉強中であるという。
「私とは違うんだから、ここで踏ん張って」
綾乃はそう言って励ました。良は、拳を握って、
「そうだね。ありがとう。元気出たよ」
と言った。その電話の後、良は街に出た。大きなものではなく、ちょっとした役とか歌わせてくれる所とか探してフラフラしてみようと思ったのである。
考えて見れば、良の目指していたのはアイドルであってミュージシャンではない。その為、歌わせてくれる所としてライブハウスがあるという事は知識としては知っていたが、実際に行こうとは思わなかったのである。だってアイドルの歌う場所ではないのだから―――。唯、今は何処かで歌って踊りたい。そしてそれを見て誰かがスカウトしてくれればいいのではないか―――? そう思ったのである。
「まだ17歳だ。アイドル、卒業する人も居るけど、まだまだいける」
良は自分の心に鞭を打って街をブラブラしていた。

その時に見つけた小さなオーディションがあった。小さく看板が立て掛けてある。
「バックダンサー募集。オーディション会場はこちら……?」
良はそれをしげしげと眺めながら読んだ。通行人はだれもその看板に見向きもしない。何のバックダンサーだかわからないし、会場がビルの地下だと書いてある。何だか怪しげであるからだったが、それ以上に看板があまりにも小さい。良みたいに目を皿にしてオーディション会場を探している人にしかわからない大きさだった。
その時声を掛けられた。
「貴方、オーディションを受けるのかしら?」
「あ、あんたは? 関係者?」
良は背後から声を掛けられたので反応した。その声の主は良よりも背が高い―――170cm位ある長身の女性だった。そして顔に傷があり、目の周りには蝶のマスクをしていた如何にも怪しげな、見方を変えればオーディションの関係者にも見えた。
「いいえ。全く関係ないわ」
と女性は答えた。良はガックリして、
「あ〜あ……。じゃ、何だ。スカウトしてくれたのかと思っちゃったよ」
と肩を落とした。女性は、
「フフッ。ここはやめておいた方がいいわよ。他を当たりなさい」
と言った。良は、
「何で?」
と聞いた。女性は、
「オーディションとは名ばかりで、ここは絶対合格しないわ……」
と答えた。良はそれを聞いて、
「あんた、ライバルの会社だろ。こうやってオーディションの邪魔をして自分の会社に引き込もうとする事務所?」
と吹っかけてみた。すると女性は、
「あなた面白い事言うのね。引き込もうとしたのは半分正解だけど、私の所は芸能界ではないわ。だから邪魔をするというのは不正解ね」
と答えた。良は、
「芸能界じゃないなら、遠慮しとくよ。あんたこそ他を当たってよ。でも、そこまで忠告してくれるなら……このオーディションはやめとく」
と言ってその女性の前から去ろうとした。女性は、
「ここで会ったのも何かの縁ね。もし困った事があったのならここに来るといいわ」
と言って名刺を差し出した。良はそれを受け取り、
「分かった。でも、行かないと思うよ。あたしはアイドルになるんだから」
と答えて女性の前から立ち去った。その手に持った名刺には、株式会社丸紫代表取締役社長、佐々岡ひかり。とあった。ひかり18歳、そして良が17歳、この時が最初の出会いだった―――。去っていく良を見送りながらひかりは、
「あの子、アイドルになるのはどうかしらね、年が行き過ぎているわ。でも、忠告を聞いてくれただけ不幸にはならないわ―――。何故なら、合格を条件に体を求める所ですからね、ここは……。それで体を許して傷ついて結局芸能界には入れずに落ちぶれていく。そういうオーディション会社だからよ」
と呟いた。何だか他人事には出来ない空気を良からは感じた。
「フフッ、今回は身長が貴方を救ったわね。165cmに少し足りない位かしら。もし150台だったら私は無視してたわ、きっと……」
ひかりはそう言ってその場を後にした。

良は大学を受験しなかった。理由はアイドルになるから、という昔から変わらない理由だったが、とうとう両親の堪忍袋の緒が切れて大喧嘩になった。良よりも年下のアイドルなどテレビを見ればいくらでもいる、そんな中そんな偶像に夢を抱くのはそれを理由に唯ぶらぶらしてると宣言するも同じだと思ったからだった。実際、以前に端役の仕事をして以来オーディションを受けても全て落ちてるではないか―――。結果を出せない良の夢などもはや詭弁以外の何物でも無かった。
仕方ないので良は高校卒業までは夢を諦めて浪人して大学を目指す振りをすることにした。ダンス教室も辞めてきちんと勉強をして成績も上向いた―――。
そして高校卒業すると―――家出した―――。

「あたしは諦めない……!」
身一つで出てきて、大学に通うために下宿してる友人の所に居候させて貰い、そこからチャンスを狙った。そして良が誕生日を迎えて19歳になった6月―――。

かなり大きなオーディションの案内が来た―――。

良は迷わず飛び付いた。
「綾乃、これ、受けるよ! チャンスが来た」
良は真っ先に綾乃に連絡した。綾乃はそれを聞いて、
「最終選考は一般公開らしいね。もし残ったら行くよ―――チケット取っておく」
と良を応援する姿勢を見せた。良は何でも理解してくれる綾乃の存在を心強く思った。分からずやの両親なんかとは違う―――、やっぱり持つべきは友達だと。
良はダンス教室で習っていた基礎と体型や体力を維持する為の走り込みはずっと続けていた。それプラス綾乃の後押しがあって何だか分からないけど自信があった。今回は絶対受かる―――と。

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