百花繚乱
百合ひろし:作

■ 外伝-01章 偶像と現実の闇5

一週間後―――、仕事の打ち合わせと称して都内のビルに合格者8人は集合した。この”8人で”ユニットを組んで歌手活動をする。そういうオーディションだったので多分打ち合わせとは8人それぞれの性格や適性をかんがみて立ち位置を決めたり、これからレコーディングをする曲をみんなで聴くとかそういう事だと思っていた―――。
控え室に全員集合すると関係者―――プロデューサーだろうか? ―――が入って来て話をした後別の人が入って来た。その人の話によると、一人ずつ話を聞きたいらしいとの事だった。
良は6番目になった。そして1人目が出て行き―――、20分後に疲れた表情で帰って来た。そして2人目は控え室には帰って来なかった。
「彼女にはちょっと仕事の内容は厳しいそうで、諦めて帰りました」
この様に説明された。3人目も何だか精気が抜かれたような表情で帰って来た。何があったのか―――? まだ『話を聞いてない』人は何があったのか知りたかったが、とても聞けるような空気では無かった。
4人目が出ていって少しした頃、良は緊張からトイレに行きたくなった。
「ちょっとトイレ行って来ます」
と断ってトイレに向かった。案内図が分かりづらく、トイレとは反対方向へ行ってしまった。そこで壁越しに聴いたのは―――。

「あっ、あっ、ああああん、あっあっ、あふうっ」
「いいねぇ〜もっといいあえぎ声聞かせてくれたらセンターにしてあげるよ」
「あああん! 気持ちいい、いいっ! ああっ」
「いい締まり具合いだ。一体どれだけ遊んでいたんだ? あ?」
「あん! あああん! あふっ、ああん」
「プロデューサー、こいつ最高ですよ。前の二人は使えないけどこれならセンター行けんじゃないスか?」
「ハッハッハッ!」
「あたしを、ああっ、あん! センターに! ああっ! イク! イクッッ!!」


さっきそれぞれ自己紹介して声を聞いていたので4番目の人とすぐに解った―――。そして複数の男の声。その中にはプロデューサーも含まれていた。それが意味するのは―――?
セックスで満足させるかどうかでグループの立ち位置が決まるということに他ならなかった。良は吐気に襲われてトイレに走った。そして胃の中のものを全部吐き出してしまった。
「アイドルになるって……こういう事なのかよ……」
良は全てを打ちのめされた気分になった。2次審査で乳房を見せるようプレッシャーを掛けて来たのはこういう事だったのかと―――。過去にこのオーディションに合格して今テレビで歌ってるアイドルが何人かいるがみんなこうだったのか? 最終審査で笹山忍の曲を歌ったが彼女は―――?
良は控え室に戻ると、そこで机に掛けている教官風の人に、
「体調悪くなったので帰ります。”話”聞けそうに無いんで―――頭がガンガンする」
と言った。教官はニヤリと笑って、
「分かりました。もう二度と会わないでしょうね、さようなら」
とだけ言った―――従わない者は要らない。良のアイドルへの夢はこうして砕け散ったのである。


良はビルから出ると先程”仕事は厳しいから帰った”と言われた2番目の人に会った。
「あなた……」
泣いていた。良は彼女の小さな体を抱き締めて、
「体を売っちゃ駄目だよ、辞めて正解だったんだ。あたしも無理だった」
と言った。二人は暫くその場で泣いていた。お互いずっと何年もアイドルを目指して頑張ってきたのにこんな形で結末を迎えるのは余りにも無慈悲だった。遅いと言われる良だって本格的に始めて6年弱。彼女は小学生入学から始めて、家族や周りの応援を受けて中学卒業と同時に上京して貧乏な家計を支えようとこのオーディションを受けていた。それだけの時間で得たものは体を許して自分の仕事を取る事―――。あまりにも悔しかった、切なかった、悲しかった。


二人は落ち着いた後近くの喫茶店に入った。
「これからどうするの?」
良は聞いた。彼女は、
「名前、まだだったね。私、稲取純子」
と言った。良は、
「あたしは―――草薙良」
と返した。純子は、
「田舎に帰ろうと思う―――。やっぱりアイドルは無理だったんだ…………」
と悲しそうに言った。良は自分よりずっと年下の中学卒業したばかりの少女にこんな想いをさせる事務所は許せないと思った。しかし自分が何か出来るわけでもない、せめてもの復讐は絶対にこの事務所の出したものは買わない事位だった。
「あたし―――。あれだけ大口叩いて家出したから帰れないよ。それに最終選考で応援してくれた綾乃って友達にどんな顔していけば―――」
良は肩を落とした。純子は、
「綾乃―――さん?」
と聞いた。普通に経緯を話すなら”友達”だけでいいのに態々名前を出した事を不思議に思った。良は、
「ああ、それね―――」
と言って説明した。アイドルを目指して良と同じダンス教室に通っていた人で実家が医者であること、そして中学の時にオーディションを受けて落ちたら医者を目指すと約束して結果アイドルを諦めた、という友人だと説明した。
「友人ってより戦友って方が近いかな。今は、国立の医学部だよ」
良が付け加えると、純子は驚いた。
「兎に角あたしはもう少しぶらぶら―――」
良は言い掛けて言葉を止めた。

『何か困ったことがあったら来るといいわ』
『行くことは無いと思う。あたしはアイドルになるんだから』

何てこった―――。まさか自分が”困ってる人”になるとは―――。良は丸紫の社長を思い出して舌打ちした。純子が不思議そうに見てると良は財布を出し、古びた名刺を出した―――。
「丸―――紫?」
純子は状況が飲み込めなかった。良は、
「ブラブラはやめた。取り合えずここに行く。この社長が審査の時来てたんだ―――」
と言った。純子は、
「何だか分からないけど私も、一緒に行っていい?」
と聞いた。良は、
「勿論」
と笑顔を見せた―――。

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