百花繚乱
百合ひろし:作

■ 外伝-01章 偶像と現実の闇7

支店―――、繁華街から離れた所にある1棟のマンションに着いた。そこから地下に下りて行くと核シェルターの様な分厚い扉があり、そこには確かに、株式会社丸紫、と目立たない様に名前があった。丸紫と知らない人が見ればここはマンションの地下倉庫にしか見えないだろう―――。社長と銀蔵は良と純子を招き入れた。そして少し廊下を歩いて社長室に入り、社長は2人を座らせた。良は開口一番、
「どうしてそんなに詳しいの? つまり、あたし達みたいなのが出て来ると思ったから―――あの場にいたの?」
と聞かずにいられなかった。週刊誌がスッパ抜いた様な表面だけの薄っぺらい物ではなく、社長は本当に全てを知っていて話したり行動したりしている様にしか見えなかったからだった。
「そうね……目的は貴方が推測した通りよ。ただ、あなたが居たのは偶然ですけどね」
社長は答えた。しかし、その声は『丸紫の社長』の声では無かった。良は驚いた―――。
「笹山―――忍??」
自分が最終審査で歌ったアイドル、笹山忍の声そのものだった―――。社長は、
「そうよ、その通り。唯、もう世界中何処に行ってももう笹山忍は存在しないわ。今ここに居るのは佐々岡ひかりよ」
と答えた。良は今の社長の言葉の意味が分からなかった。純子も社長が笹山忍である事に驚いたまま口を半開きにしていた。
「何処にも居ないって? だって今自分がその通りだって……」
良は聞いた。社長は『丸紫の社長』の声に戻して、
「簡単な事です、改名をしたからよ。笹山忍は芸能界を引退して世界から消えた―――そういう事です。探られたくも無いですしね」
と答えた。そう―――笹山忍の名前のままで居れば何処から嗅ぎ付けられるか分からない。完全に戸籍上でも改名してしまえば少なくても自宅の表札等から探られる事は無くなる。
「もっとも笹山忍の声はもう長時間は出せません。顔を整形すると共に声帯も手術してますから。今はこれが地声ですよ」
社長はこう付け加えておいた。良は、
「そっか……あたしの目標にしてたアイドルだったんだ……」
と言って、膝の上に置いた手はカタカタと震えていた。純子は、
「草薙さん……」
と呟いた。良は、少し間を空けて、
「じゃあ、社長も何らかの被害を受けた経験があるの?? だからあの事務所の悪事を知ってるの?」
と聞いた。社長は首を振って、
「いいえ。私には何もありませんでしたよ。優秀なマネージャーが居ましたので。私に何かありそうになると体を張って助けてくれました」
と言った。良は、
「じ……、じゃあ、あのプロデューサーの鼻あかして―――」
と言うと社長は首を振って良を制止し、
「気持ちは解りますがそういう安っぽい正義感は身を滅ぼしますわ」
と言った。良は頭に血が上り、
「な……、何でさ! 芸能界の事を何でも知ってる社長が―――」
と言った時に純子が止めた。良は驚いた―――自分と同じ悲しい目にあった純子が止めたからだった。
「ど……どうして……!?」
良は震えながら聞いた。純子は、
「だって―――日本中に影響力を持ってるプロデューサーを抱える事務所よ……勝ち目無いわ」
と答えた。純子は見る目があったのか、丸紫の本社、そしてここ―――。大きさから考えてとてもあの事務所に太刀打ち出来るとは思わなかった―――。社長はにっこり笑って、
「あなたは見る目があるわね―――。それに私は直接繋がりが無かったから戦う理由が無いわ」
と言ってから蝶のマスクを外して良に向かって闘気を纏った目を向けた。良は初めて受けるその恐ろしさに身が固まり動けなくなった。
「困ったら来なさいとは言いました―――。でもいきなり復讐の片棒を担がせるのは違うんじゃないかしら―――?」
と言った。良は恐怖に歯をカチカチ鳴らし、全く動けなかった。殺される、そんな感覚―――。
純子は思わず叫んだ、
「や! やめて下さい!! 草薙さんをこれ以上追い詰めないで!」
社長はそれを聞いてマスクを着け直して闘気を解き、一瞬純子に笑顔を見せた後、良に、
「仮に戦おうと思っても、私には彼女が言ったように力が全く足りません。私に協力を求めるなら貴方は私が力を付ける為に尽力すべきではないですか?」
と聞いた。良は暫く無言で下を向いていた―――。あれだけ大口を叩いて飛び出して来て結局体を売るのが怖くてアイドルに成れなかった。しかし、今更帰れない―――。その上戦うことさえも出来ない現状を突き付けられた。しかしそれは社長にしてみれば当然だった。社長から見れば今の良の態度は社長に復讐の肩代わりをさせて自分は安全な所から見ていよう―――、その様に考えてる様にしか見えなかった。
「全てを捨てる覚悟が有るのなら考えましょう―――。つまり、どこから来たのかは知りませんが実家には帰れないと思いなさい。仕送りするなとまでは言いませんが」
社長はゆっくりと言った。良は答えられずにいた。純子も同様に黙っていた―――。社長は、
「復讐とはそういうものよ。言ったでしょう、安っぽい正義感なんて持つな―――と。相手が悪人だろうと陥れようと考える以上、自分だけ綺麗で等いられないわ」
と言った。良と純子は、
「ちょっと考えさせて下さい」
と言うのが精一杯だった。そして一週間後に返事をする事になった―――。

良と純子はその期日まで毎日会って相談していた。丸紫に来るという事は今迄の人生を捨てる事―――。それが出来るのかどうかという事だった。
良はアイドルになるまで戻って来ないとタンカを切り、純子は家族に楽をさせてやりたいとの想いでオーディションを受けたが結果は―――体を許す事を拒否して自分から降りたという事だった。相手は日本の芸能界に多大な影響力を持つ事務所―――、もうそこから根回しされて色々な事務所に良と純子はブラックリストに載せられていて、アイドルになる道は実質閉ざされていた。そしてその様にされていた事は知らされては居なかったが、良も純子もその事には気付いていた。そういう事までも出来るそこを相手に本気で戦うのか。ずっと悩み続けた。本当に戦う道を選ぶのか、それとも大人しく田舎に帰るのか、戦って後悔しないのか、それとも帰って後悔しないのか―――。
あれだけの事務所なのだからきっとまともじゃない、使えなくなった人間や敵対した人間を殺しても何とも思わない様な人が沢山居て、そういったのと本気で戦うのか、そして戦ったら自分達の家族にも飛び火するのではないか??? 色々話し合ったがその答えは出なかった。結局何日もの話し合いの末に出た答えは単純な事だった。

自分達が今まで夢に掛けて来た時間、労力、そして想い―――。それをズタズタに引き裂いてくれた事務所を許す訳には行かない。
これだけだった―――。この気持ちが晴れればもう何も要らない、”打ち合わせ”をしたビルから出た後2人は抱き合って泣いたがその悔しさは―――本物だった。

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