百花繚乱
百合ひろし:作

■ 外伝-01章 偶像と現実の闇11

良はひたすら闇プロレスで力を付けて、そしてファイトマネーを稼ぎ、純子と一緒にプロデューサーを倒す足掛かりを作ろうとしていた。あれだけ大きな事務所のプロデューサーに対して復讐しようというのだ。先ずはここで一番になれずにそんな事が出来る訳無いと思っていた。その為、ひたすら鍛え、そして技の練習をしてゆっくりではあったが確実に力を付けていた。生徒会長という味方をつけた事も大きかった。彼女と切磋琢磨すればどんどん上達する―――生徒会長は天才なのだから―――。
しかし、そんな良の気持ちを揺るがしてしまう事が起こった。次の年の4月のジェネラル美紗の入門である―――。美紗は前の年の9月、良が丸紫に入って2ヵ月後、練習生をしていた時期に傷害事件を起こしてアマチュアレスリング界を追放されたがその後暫く浪人をしていた。しかし、何処の誰も美紗を相手にしなかったので4月、社長にスカウトされる形で丸紫に入門した。
そして8月の新人戦で生徒会長に負けたが、その後美紗は生徒会長を倒す為にまずは周りの人物―――、かえでと美里と良をターゲットにした。美紗はかえでを倒した後、良と試合した。
「かえではあんたが新人で油断したから負けたんでしょ。でもあたしは油断しない! アマレスで最強だったらしいけどあたしだってここで鍛えていたんだ」
良はそう意気込んで試合に臨んだ。美紗はアマレスをやっていた関係でグラウンドは専門家―――、しかし、重量級なので動きは緩慢。自分の方がスピードは遥かにあるので付け入る隙は充分過ぎるほどある―――。
しかし、結果は違った。生徒会長は美紗の得意なアマレス流の試合に持って行かせずに自分のペースで試合をしたので美紗は負けた。また、美紗はかえでに対してはかえでがグラウンド系で無いと見るや大技の打ち合いに持って行き、体力で圧倒して最後にはラリアットで締めた。つまり、アイドルになるのに必死でテレビ、特にスポーツなど殆ど見ていなかった良は、美紗の本気のグラウンドのスピードを見た事が無かったのである。体が大きいから動きが緩慢と侮り、自分の方が技に入れる、等と考えていたのでは勝ち目は無かった。センスがあったとはいっても丸紫に入って新人戦を終えた後に生徒会長の言葉を切っ掛けにグラウンド系になった、つまり半年しか経験のない良がアマレスでグラウンドをやり続けていた美紗に勝てる筈が無かったのである。しかも美紗は良の動きが相当素早いのは解っていたのでラリアットは使わず、パワーボムで締めたという徹底振りである―――。

良の落胆は並ではなかった―――。中堅の上位に入ったかえでが10分持たずに負け、そして自分も5分で負けてしまった。体格はかえで、生徒会長、良の順だったが、3人共美紗に比べれば小柄―――。美紗は良に対して、
「体重足りないだろ」
と言った。技術はパワーには勝てないんだと、生徒会長が天才だったんだと思ってしまった。本当の原因は美紗を知らなすぎた事であったにも関わらず―――。
ここで一番になるのは無理そうだ、生徒会長がいるし美紗もいる。そう思い始めた良の成長に蔭りが出て来た。

一方純子も高校2年に上がり、壁にぶつかっていた。彼女もアイドルを目指していた関係上勉学はおざなりになっていた為、基礎が無い―――。今までは試験の為の勉強でつじつまを合わせていたが、高校になるとそれは厳しかった。編入学だと尚更である―――。
「はぁ……分かんないよ……」
何とか頑張るが、順位を落としてしまった―――。

社長は良、純子の2人が調子を落としテンションが下がって来た事には気付いていたが、その事には全く触れなかった。そして触れないと決めていた―――。あくまでも決心したのは2人であり自分は力を貸す立場―――。これ位の苦難は自分でどうにか出来ない限りあのプロデューサーを堕とすなんて出来ないのである。


更に年明けた後の3月、生徒会長は最強の座を不動にして引退した。入れ替わる様に美紗が最強の座についた。良は美紗との対戦を避けて、その代わりに中堅の中位あたりの地位を固めた。そして数年後―――、香が入門して来た。
香は新人戦で美紗に完膚無きまで叩きのめされたが、美紗をターゲットにし、かつて美紗が生徒会長に勝つ為に周りの人を倒して実力を付けて行ったのと同様に、香も美紗との再戦の前に中堅の選手をターゲットにして練習し試合してきた。
良はそのターゲットにされた。
「へぇ〜あんたがあたしを?」
良は小馬鹿にするように言った。そう―――良はここまで堕落していたのである。自分より下の人を見付けてはこうやって馬鹿にして戦意を削ぐような姑息な事をやっていたのである。
しかし、香には通じなかった―――。美紗を倒す為にポニードライバーを完成させていた香は自分を馬鹿にした外人レスラーに続き、良にも叩き込んだ。
「馬鹿にするのもいい加減にしてよ」
香は吐き捨てた。
この敗戦で良の気持ちは完全に切れてしまった―――。しかしここで気付くべきだったのだ。香の体格は生徒会長に極めて近い事に。その香が美紗をターゲットにしているという事は香は生徒会長を目標にしているだけあり、体格のハンデを克服しようと頑張っているという事だった。良が香にも負けてしまった事で完全に失ってしまった向上心は香が逆に持っていた。
良はここでその事に気付き、気持ちを取り直せば亜湖に対してあの様な惨めな敗けは無かった。しかし、それにすら気付かなかったのである。完全に中堅という地に安住し下位の者達に対して星を稼ぎ、とりあえずファイトマネーはそれなりに得る―――と。

綾乃は良を通して純子とも友人関係になっていた。医学部で学業に忙しい中、良の試合の様子や純子の不振を気にしていた。
「綾乃さん―――。もう私、駄目です。だから教えてください」
純子は限界と見るや綾乃に助力を求めた。綾乃は丸紫の社長を知らないが、良や純子の今までの話から何やら相当な力を求めている事位は理解した。
「いいわ、教えてあげる。文系科目もセンターならいけるから」
綾乃は快く返事した。週に一度、純子は遠く綾乃の所にまで習いに行く事になったのである。純子は文系で法学部志望だが綾乃は医学部であるに関わらず―――。
「良ちゃん―――、何やってるのよ」
最近すっかり丸紫の話をしなくなった良に対してやりきれない気持ちになった―――。

暫くして良は純子から、今綾乃さんに教わってる、という事を少しだけ聞いた。
「純子―――頑張ってるんだね。でもあたしは無理だよ……一番なんて」
そう呟いた。結局ここの中堅で埋もれるのが運命なのだと諦めきっていた―――しかし時々、こんなので良かったのか、と思う事があり、精神的に不安定になる事もあった。堕落した世界に安住する自分とそんな自分を軽蔑する自分がいて、戦っていた。そして勝つのは堕落の自分―――。


そんな良を目覚めさせたのが亜湖だった―――。良は亜湖の事を下着姿の分際で、と例の如く馬鹿にした。しかしバックドロップで沈められ、それだけでなくフィニッシュ技も失ってしまった。
良は控え室に戻った後汗びっしょりの自分を見た―――。
「え……?」
信じられなかった。これがかつてアイドルを目指した草薙良なのか―――随分卑しい顔になったものだと―――。弱い者いじめする人間の末路の典型的な顔付きだった。美紗に負けて以来、自分より大きい者に負けても悔しいと思わなくなった姿―――。アイドルになっていたら自分もさせられていたかもしれない下着姿の亜湖と対戦してボロ負けだった―――。しかし、これが眠っていたプロデューサーへの怒りに火を着けた。服を脱いだ亜湖に負けた事が、あの場でプロデューサーにあわや脱がされる事に繋がった―――。
「畜生! あたしは何年も何やってたんだ!!」
良はとりあえず馬鹿にした亜湖には詫びを入れようと思った。一応そういったけじめは持っていた。廊下に飛び出すとそこにはかえでがいた。壁に寄りかかり、腕を組んで半目で見下す様に見ていた―――。
「かえで……」
それ以上言えなかった。丸紫は実力の世界である。良は亜湖に負けた事でランクは中堅の下位まで下がる。かえでとは開くのである。それを悔しいと思った。心の底から悔しいと思った。何で忘れていたのだろう? かえでに冷たい目線を受けてもヘラヘラしながら返していたのだ―――。
良は亜湖のいる部屋に向かって走った。
「クソッ! クソッタレ!!」
そう叫びながら―――。
「フン……。特に香に負けてからの貴方は試合する価値も”無かった”わ―――」
かえでは呟きその場を立ち去った。

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