百花繚乱
百合ひろし:作

■ 外伝-01章 偶像と現実の闇12

「綾乃! あたしに気合いれてくれ!」
良は丸紫を出ると綾乃に会いに行った。綾乃は良から電話を受けていたので待っていたが良を見て驚いた―――。綾乃はダンススクールを辞めてから良とは数回しか会っていなかったが、余りにも変わり果てて惨めになった良は初めてだった。
「何があったの―――?」
綾乃は聞いた。良はここ数年―――、生徒会長が引退してからの事を正直に話した。つまり、メールや電話で話していた内容は嘘だったのだ。

頑張ってるけど結果が出ない―――嘘だった。
トレーニングだって充実してる―――嘘だった。
社長と情報交換してる―――嘘だった。

全てが堕落しきった自分を隠すための嘘だった。
「綾乃―――ゴメン! 嘘ついてゴメン! だから気合入れてやり直させて!」
良は手をついて謝った。綾乃は、
「そう―――」
と落胆の声を出し、暫く黙っていた。確かに今の良が丸紫という所で勝つのは無理だろうな、と思った―――。良の試合は、というより丸紫の試合は見ていないが、良の話からすると相当厳しいだろうという事は予想がついていたからだった。
「アイドルを目指した夢と、それを奪われた悔しさ―――。今でも覚えてるの?」
綾乃は聞いた。良は、
「思い出したよ。亜湖に負けるまで忘れてた」
と答えた。綾乃は、
「なら―――大丈夫よ」
と言った。良は見る陰もなくなっていたが、目だけはあの頃の輝きを取り戻していた。それを見てまだ良は精神的に死んでいない―――そう確信した。
「1つだけ教えて」
「何を?」
綾乃の問いに対して良は疑問を投げ掛けた。綾乃は、
「良ちゃんに勝った下着姿の人―――。その人は心は死んでるの?」
と聞いた。良は”下着姿の亜湖って女に負けた”と話の中で言ったので綾乃は1つだけ確認したくなったのだった。良は、
「いや……、いつも恥ずかしそうにしてるけど……一生懸命やってる」
と答えた。綾乃はその答えを聞いて、
「分かったわ。その人も良ちゃんみたいにきっと何かあったのね」
とだけ答えた。そして、
「良ちゃんの事、信じてるよ。トップになれるように頑張って。もし怪我や病気したら助けてあげるから」
と笑顔で言った。良はその綾乃の笑顔に、
「あ……ありがとう……」
と目に涙を溜めて言った―――。

良はその時から大きく変わった―――。堕落した状態から再びトップを目指す姿勢になった。違うのは生徒会長が居ない事、つまり積極的に良にグラウンドを教えられる程の腕を持つ者がいなかった。しかし、良はなりふり構わなかった。かつて負けてから徹底して避けていた美紗に声を掛けた。
「いいぜ、教えるよ」
美紗は快諾した。そして目的を聞くと良は、
「香と亜湖を倒したい」
と答えた。美紗は、
「香は難しいぞ。練習はきついけどそれでもやるんだな?」
と念を押した。良は、
「何でもやるさ」
と答えた―――。
良はかえでにも声を掛けた。かえでとは以前とても険悪になったが、今はそれほどでも無かった。というのはかえでと香、かえでとプルトニウム関東がとても険悪になっていたからである。まあ良との間でも、
「かえでには絶対に謝らせる」
「私は下品で頭が悪そうな草薙は嫌いよ」
と言い合うのは日常茶飯事ではあったが生徒会長を共通の友人として持つ事と、ほぼ同期の入門という事で互いに気になる存在である事は確かだった。最も二人ともそれを持ち出せば懸命に否定するだろうが―――。
良はプルトニウム関東と組んだ事を真っ先にかえでに言っている。
「また改めて敵同士ね。ま、私と貴方はその方が丁度いいわ―――」
かえでが言うと良は、
「当たり前だ。あたしはあんたに謝らせるんだから。あの廊下での目付きを」
と答えた。かえでは、
「だから貴方は頭が悪いのよ。何度も言わせないで、私は貴方に負けないから謝らないわ」
と言って去って行った―――口元に笑みを浮かべながら。良はそれを聞いて、
「スカシお嬢」
と悪態をついた。

良は元々男子とつるんだりするような性格なので下ネタとかも平気で話していた。そんな感じなので亜湖のエロポーズとかを狙うのも好きである―――。そういう意味ではプルトニウム関東と組んだのは最適だった。
とりあえず手始めに亜湖とさくら組を倒し―――亜湖の痙攣とさくらのブラを外すというおまけをつけて―――。それから香に対して心理戦を仕掛ける様になった。
今まではただ馬鹿にしただけだったが今度はそうではない。香が亜湖で遊ぶ事を独占しようとしている事に気付き精神的に揺さぶりを掛けた。そして、亜湖とさくらを倒したので次にかえでと美里を倒そうとしたがプルトニウム関東がカウントスリーを奪われる形で失敗した。

本社にて―――。
「草薙さん―――戻りましたね」
良の気持ちを一番理解し、良が堕落していた事を気に掛けていた純子が言った。彼女は綾乃に勉強を見て貰う事で無事に法学部に入る事が出来、法律を学ぶ傍らこうやって丸紫の本社に顔を出していた。社長は、
「そうね。もっと時間掛かるかと思いましたけどね」
とマスクの下に笑顔を見せた―――。そして、
「でも、貴方も草薙さんもまだ弱いわ。これからも頑張りなさい」
と言った。2人は1つの苦難を乗り越えたに過ぎない、あの大きな事務所を相手にするには様々な苦難に勝てる力が無いとならなかった。その為に純子には大学の法学部を目指し更にはメイドに格闘を習う様に言い、良には闇プロレスを勧めたのである。


亜湖が香に勝って1年後―――。良は香との再戦を望んでそれが通った。社長は、
「草薙さんはまず負けるでしょうね」
と呟いた。良は懸命にやるようになったがなんせ5年も無駄にしていた。20代中盤の年齢と、怠けていた事によるその長いブランクは簡単には埋まらない。良自身もそれは理解していた。しかし、それでも試合には純子と綾乃を招待した―――。
丸紫で外部の人が会場で観戦するのは初めてである。しかも、互いには会ってるものの、3人が一同に会するのも初めてだった。

試合当日、会場では社長と純子、綾乃が座って見ていた。事務所ではかえでと美里がモニタで観戦しながら生徒会長と電話で話していた。そしてパートナーのプルトニウム関東は控え室で良に気合いを入れて見送った。
良は、シャツと半ズボン、ニーソと靴を確認しながら、
「へっ! あの傲慢な香にお似合いな技を入れてやるよ」
良はそう言って控え室から出てリングに向かった。途中で社長と純子、そして綾乃に向かって手を振り、リングに上がった。
一方香は静かに入場しポニーテールを直した。この日は袖口と首回りが緑のシャツと緑のブルマ姿だった。そして良を見据えた。
ボディチェックを受け、それが終わるとレフリーのゴスロリはコメントを求めた。香は、
「目付き完全に変わったわね……今までとは認識変えるわ―――。だからこそ10分で倒す」
と言った。良は、
「それはどうかな? あんたも亜湖もかえでも美紗もみんな倒させて貰うよ」
と返した。
レフリーはそれを聞いてから手を上げた。それと同時に試合開始のゴングが鳴った。

良と純子は―――また新たな一歩を踏みしめる。

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