百花繚乱
百合ひろし:作

■ 外伝-02章 部下の自立と頭の自律2

美里はかえでの元に戻るとかえでは新人二人を従えて待っていた。
「かえで様……? ご存知でしたか……?」
美里は聞いた。かえでは、
「私が提案したからね。亜湖にも伝えてはあるわ」
と答えた。美里は、
「ありがとうございます、でも―――」
美里はかえでが直々に亜湖に話した事に対して不安に思った。かえではそれを察してか、
「手は抜かない様に言ってあるわ。美里に勝ったら私に制裁されるとか思われたら困るので」
と付け加えた。美里はそれを聞いてホッとした。亜湖のあの性格だ―――、かえでに気を利かせて変に勝ちを譲るなんて事が無いとは言えなかった。唯一つ、それが心配だった。
手心を加えられて勝っても何の意味もないし、丸紫の精神に反する―――。
「但し、亜湖に勝つのは難しいわよ。多分美里達が九割攻撃するでしょう。亜湖はずっと受けて声を上げてるでしょうがそれでもカウントスリーは遠いでしょうね。亜湖はそれだけ強いわよ」
かえでは厳しい表情をして言った。美里は、
「はい、かえで様」
と答えた。かえでは更に、
「後、私は―――この試合に関しては一切手助けはしないわ。美里が考えて新人に練習させて、試合でもうまく二人を使って勝ちなさい」
と言った。美里は、
「はい、かえで様」
とさっきより強く返事した。かえでは最後に、
「後、試合は三十分にしてもらったわ。それを考えて練習しなさい」
と言って、トレーニングに向かった。美里は新人の鈴木恭子と森脇好美―――、この二人は現役高校生で、高校のチアリーディング部に所属していたが他の部員の喫煙により大会出場が禁止され、その憂さ晴らしに窓ガラス破壊行為をして停学処分を受けたという、やはり今迄丸紫に来た殆どの人と同様曰く付きの二人だった。その二人を連れて、練習室を出た―――。かえでの力を借りられない以上は全てを自分でやらなければならなかった。メニューから何から。これすらも今迄はかえでに依存していたのだった。
「さてと……どうしようかな」
美里は部屋を出たはいいけどどう動くか決めかねていた。恭子と好美に美里の不安が伝波する―――。二人の新人はなかなか行動に移さない美里に対して不安の色を隠せなくなって来た。そう―――、

この人に付いて行って大丈夫なのだろうか―――?

こういった感情が沸き起こって来た。それが態度に出て来てそわそわと落ち着きがなくなってきた。今度はそれに美里が気付く―――。
「どうしたの?」
美里はなるべく平静を保ちながら二人に聞いた。恭子は、
「あ。い、いや。美里さん、何もしないから―――」
と答えた。その答えに美里はイラッとして、
「コーチを誰にしようか考えてただけよ……」
とつっけんどんに答えた。恭子は口に手を当てて、
「ご、ごめんなさい」
と謝った。美里はその時の恭子、そして好美の表情を見てハッとした。美里を恐れ、一刻も美里から去りたいという表情―――。この二人は自分にはついてこない、そう感じた。それはかえでが意図した事、そしてかえでが今まで美里にしてきた事に対して真逆であった。

かえで様は自分にこんな表情をさせただろうか?
かえで様は自分が新人に対してこんな態度を取る事を望んだだろうか?

絶対に違う。例え負けても美里の前では絶対的なリーダー。それが"かえで様"だった―――。
弱音をはかなければ言い訳もしない。そうしなければ窃盗団時代の部下の男達にしても、その当時から今の今まで部下でいる美里も絶対について来ない。かえではそれを分かっていた。
コーチを誰にしようかすら解らない今の美里の怠慢振りを新人が不安に思うのは当然だ。しかし、解らないなら解らないと事実をはっきり言い、対案を示すのがリーダーなのではないか? 美里はかえでから今まで教えてもらった事を思い出した。少しずつ、一つずつ。
「キツく当たってごめん。コーチの件は考えて来るから今日は三人でやろう……」
美里は謝った。恭子と好美は少しだが顔から緊張の色が消えた。

かえではああ言ったものの美里が全てを考え、亜湖に対する対策まで立てられるか心配だった。その為自分の練習が終わった後、美里達が練習している部屋にこっそりと入り、隠れて見ていた。
「とりあえず今日はコーチ無しね。でもそれがいいかもしれないわ……」
かえでは呟いた。コーチ云々いう前に美里が新人二人を把握した方がいいと思ったからだった。
それから見続けていると、三人の練習はダラダラした感じではなかったが、何だか締まりが無かった。というのは、何を目的にしているのか解らないような焦点が合っていない練習だった。
繰り返すが、美里は今までかえでに与えられて来たやり方をやっていたが、それを急に自分で考えろと言われてうまく出来る筈がなかった。しかしかえではそれは計算に入れていた。最初は美里は戸惑うだろう―――。ただ、コーチを見付けるという最初の課題をクリアすれば後は二人を引っ張って行けるだろう、と。
「美里―――、貴方なら出来るわ。私の力無くても」
かえでは見守りながら呟いた。


それからは毎日かえでは自分の練習は美里がやる前と美里が帰ってからやるようになり、美里が練習中は遠くから眺めている様になった。美里はかえでが見ている事には気付いていなかった。
帰るとかえでは居ない―――。食事も独りだった。料理はかえでと自分の分を作り、かえでの分にはラップを掛ける―――。
次の日見てみるときちんと食べて食器が洗ってあるので帰ってきているのは分かったが、美里が起きた時には既にかえでの姿は無かった。いつも一緒にやっていたのに、一人でやらなければならないのは、いや、それ以上にかえでに殆んど会って居ないのが辛かった―――。
「でも、かえで様が私の事を考えて―――」
そう考えて美里は辛さを飲み込み、準備して丸紫に向かった。

かえでは殆んど泊まり込みだった。今までは朝10時位に入り19時位には帰るのだが、美里は今まで通りその時間に練習をやっているのでかえではその時は美里を見守っていた―――。則ちかえで自身は美里が居ないその前後にやっているのである。
丸紫のマンションに住んでいるので余裕で帰れるのだが、夜中や早朝に長時間物音を立てると美里の睡眠を妨害するので、美里が作ってくれた御飯を食べる時以外はあえて帰らなかった。つまり美里が作った朝御飯は昼に、夜御飯は夜中に食べるときに戻り、食後の片付けが終わると直ぐに丸紫に戻るという生活をしていた。
23時―――。美里は寝ている時間なのでかえではいつもの様に丸紫を出て、自宅に戻った。
鍵を開けて入り、台所に行くといつもの様にかえでの分の食事が用意されていた。
「頂きますわ」
かえでは手を合わせて呟き、頂いた。そして、食べ終わると食器を洗って片付けて、それから着替をもって丸紫に出掛けた。美里の寝顔を見てから―――。

丸紫には何人か残っている。この日はWeb担当の林緑だった。かえでは丸紫に戻ると、シャワーを浴びて洗濯をし、洗濯したものを乾燥機に掛けた後、緑に断って仮眠室に入った。
「すぐ上なんだからうちで寝ればいいのに」
と緑は言った。するとかえでは笑顔を見せて、
「夜中にガタガタ煩くしてたら美里が寝不足になるわ。折角一人で強くなろうとしてるのに私が水を差す真似は出来ないからね」
と答えた。その答えに緑は納得の表情を見せた―――。

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