百花繚乱
百合ひろし:作

■ 外伝-02章 部下の自立と頭の自律3

美里は新人二人―――恭子と好美を引っ張りながらもコーチをまだ頼んで居ないことを気にしていた。そんな時、廊下でかえでとすれちがった。
「かえで様、こんにちは」
美里が挨拶するとかえでも挨拶を返した。二人が直接顔を合わせ言葉を返したのは随分久し振りだった。
「かえで様、お願いがあります」
美里はそう言って今の悩みを打ち明けた。悩みとはコーチを誰に頼むか、である。
しかし、かえでは首を振った。
「私が誰に頼め、と言えばすぐ解決するんでしょうが、この件は手を貸さないって言った筈よ。美里が自分で見付けなければ意味ないわ」
と断った。美里はそれでも引き下がらず、かえでの袖を掴んだ。
「お願いします! どうしてもわからないんです! 直接が駄目なら……せめてヒントでも―――」
かえではそれを聞いて、
「とりあえず手を離しなさい」
と言った。美里は、
「ご、ごめんなさい」
と言って手を急いで離し、一歩下がった。かえではこうやって袖やスカートを掴まれる事を極端に嫌う。窃盗団時代も今もかえでにやられて倒れた者が袖やスカートを掴んだりすると蹴飛ばしたりしていた。美里は勿論その事は知っていたが、兎に角コーチを誰かつけなければと自制出来ない程必死だった。
「利用出来るものは何でも利用しなさい。それが例え嫌いだったり、屈辱だったとしても―――ね」
と言った。美里は、
「解りました。後は自分で考えます。ありがとうございます」
と答えて頭を下げた。かえでは、
「フフッ。他にも今までの事を思い出せば答えは幾等でもあるわ」
と言ってドレスを翻して美里の前から去った。


かえでは事務室に入り、椅子に腰掛け、両手で顔を覆った。
「美里―――本当は教えたい。ごめんなさい……貴方にぴったりな人は居るのよ。でも駄目……貴方が間違ってもいいから自分で見付けないと―――」
その時、事務所の扉が開いた。そこに入って来たのは下着姿のさくらだった。さくらはかえでが顔を両手で覆ってブツブツ呟いてるのを不思議に思った。
「かえでさん―――?」
さくらが声を掛けるとかえでは気付き、顔から両手を離してさくらを見た。
「奇遇ね。前もこんな事無かったかしら?」
亜湖とは別行動のさくらと美里とは別行動のかえで―――。さくらは確かにそんな形でかえでと一対一で対面した覚えがあった。
『奴は私のドレスを馬鹿にした―――許せない』
とかえでの怒りの感情をモロに受けたのではっきり覚えていた。
「どうしたんですか?」
さくらが聞くとかえでは、
「何でも無いわ。一つあるとすれば―――」
と前置きした後、立ち上がって、
「美里がコーチを頼んで来たら引き受けてあげて」
と言った。さくらは、
「わ、私ですか? 無理ですよ……」
と答えた。かえでは目を細めて、
「美里は今のままではハンディキャップでも亜湖を崩せないわ。それとも貴方、私の目は節穴とでも言うつもりかしら?」
とさくらの顎を人指し指と中指でクイッと持ち上げて言った。さくらはかえでの気迫に圧され、
「い、いえ。そんな事無いです。分かりました」
と答えた。この様にかなり強引だが、かえではさくらにコーチの要請があればやるように頼んだ。
さくらはあくまでも亜湖のパートナー。かえでと美里の繋がりが強固な様に亜湖とさくらも同様である。だから、美里がコーチをさくらに頼みさくらが引き受けても、直接亜湖の弱点を教えたりはしないだろう。自分が教えた為に亜湖が負けるのは見たく無いから―――。しかし、それを差し引いてもさくらと練習すればそれが亜湖対策になる。また、さくらは背はそれなりにあるものの軽量で、軽量の美里には参考になる事が多い、というのがあった―――。

美里は選手のプロフィールをおさらいして考えていた。亜希子は実況ながら主に新人相手にコーチしてた。恭子と好美も新人戦までは実際に亜希子に習っていたので、もう一度亜希子に習うのもいいかなと思った。
美里は資料室を出て、亜希子を捜しに廊下に出た。するとそこに良が通り掛った。美里はハッとして、良の元に駆け寄った。
「草薙―――さん」
美里は声を掛けた。良はグラウンドのスペシャリストであり、三対一のハンディキャップマッチで亜湖の体力を削るにはグラウンド戦だと本能的に感じた。
「普段は呼び捨てなのに、何企んでるのかな?」
良は流し目で美里を見て言った。美里は、
「何も―――企んでない。ただ……頼みたいことがあって」
と言った。先程かえでに言われた事、どんな屈辱を受けても利用できるなら利用しろ―――。美里は資料室では良の事は眼中に無かった。それは香と共にかえでの最大の敵―――。強さではない、最も嫌うべき存在だからだった。
しかし、良を見た瞬間美里はかえでの言葉を優先すべきだと判断して良にコーチを頼む決断をした―――。
「何を?」
良は聞いた。美里は間発入れずに、
「私達と亜湖の試合まで―――コーチして下さい!」
と言って頭を下げた。良は何で美里なんかに教えなければいけないんだ、そんなのご主人様の糞お嬢、かえでに聞けよ。と思って、断って立ち去ろうとした。
「お願いします」
美里は頭を上げない。良は、プライドの高いかえでと共に居て、どこか生意気な感じがした美里がここまで頭を下げる態度に揺れ動いたが、それ以上に美里が『亜湖』と言った事が引っ掛かった―――。
「そういやあんた、さっき亜湖って言ったよね?」
良はニヤッと笑って聞いた。美里は顔を上げて、
「言いましたが……」
と答えた。良は、顎に指を当てて考えた。それは、どれだけ亜湖に恥をかかせてやるか―――という事だった。香は亜湖を滅茶苦茶にし、おまけにブラジャーを外してやったがそっちにばかり力を注いだ結果、攻め疲れて亜湖に負けるという醜態を晒した。
ならば、その『続き』を美里にやらせるのも面白い―――。香は亜湖は自分の物と思っているだけに、美里に亜湖を好き放題やられたら香にも屈辱を与えられる。亜湖と香、二人に精神的ダメージを与える。良は労せずに―――である。
「条件があるよ。これを聞いてくれるならやる。破ったらシメるからね」
良は言った。美里は、
「解りました。約束は守ります。条件は何ですか……?」
と聞いた。良は真剣な顔付きの美里をじっと見て、
「亜湖にキン肉バスター掛ける事。出来ればブラ取ってさ。ブラは出来ればでいい―――。兎に角キン肉バスターね」
と言った。美里は、
「わかりました」
と美里は答えた。そして、
「ただ―――」
と言った。良は、
「条件変更は認めないよ。キン肉バスターは譲れない」
と言った。美里は首を振り、
「嫌とかじゃなくて……、私達は体が小さくて力が無いから一人では無理です……。ダブルでもいいですか……?」
と聞いた。良は、
「ダブルでもいいよ。一人ではあたしだって無理だし」
と言った。美里は、
「ありがとうございます」
と頭を下げた。

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