母はアイドル
木暮香瑠:作

■ アイドルが家にやってきた4

 三人は、改めてテーブルに着き会話を続けた。耕平の頭の整理をするために、耕平に正しく理解してもらうためだ。
「ねっ! わたし、星野奈緒……。でも、『まさみ』って呼んで欲しい。本名は星野まさみだから……。家族には本名で呼んで欲しいな」
 彼女はすでに、家族になった気でいる。

 メガネを外し、三つ編みを留めているバンドを外し髪を解いていく。がらりとイメージが変わった。かなりキツイ近眼なんだろう。メガネを取った途端、濡れた瞳が一回り大きくなって、潤んだ視線で耕平を見詰めた。濁りのない漆黒の瞳、どこまでも深く澄み切った瞳に吸い込まれそうになる。拘束を解かれた黒髪は、背中でさらさらと揺れ大人っぽくなる。ニコッと微笑んだ顔は、良家のお嬢様の態をなす。
「あっ、星野奈緒……だ」
 耕平の口が開き、感嘆の言葉が漏れた。驚いた時には、意外とポカンとしてしまうものらしい。耕平は、奈緒の顔を見入ってしまう。一流のアイドルが持つオーラに、吸い寄せられるように視線を離せなくなっていた。

 父親が連れて来た再婚相手は、今注目のアイドル女優。人気No.1の十七歳だ。スタイル抜群で、しかも可愛い。それに息子の耕平より一つ年下ときている。

 彼女の中学時代の担任教師だった父親は、子供の頃からの夢だった芸能界入りの相談相手だった。街でスカウトされた彼女。しかし、母子家庭のまさみにとって唯一の肉親の母親は大反対した。まさみには内緒にしてあるが、母親も一年だけ芸能生活をしたことがある。しかし、脚光を浴びることなく引退した。グラビア撮影の際、スタッフの一人にレイプされたのだ。そして、まさみを身篭った。彼女は、誰にも相談することなく注目されることもなくひっそりと引退したのだ。芸能界の裏も厳しさも、危険も卑劣さも身に染みて知っていた。そして、まさみの芸能界入りを反対した。そんな母親の反対を、まさみの真剣な姿勢に心を動かされた浩二が説得した。そして、優しい教師への尊敬と信頼がいつの間にか恋に変わり愛へと発展していった。教師と生徒と言う関係が、恋愛へと変わっていく。そして今日に至ったのだ。

 父親の話は、今日から同居し、彼女が十八歳になったら籍を入れる。まさみと事務所が話し合い、事務所側が許可するに科した条件らしい。

 結婚できなかったら芸能界を引退する。彼女の必死の説得に、芸能事務所も渋々OKを出したのだ。しかし、今すぐと言うわけではない。一年間の同居を許しただけである。事務所側としても、今辞められては敵わない。二十歳以上も年上の中年男との結婚がうまくいくわけがない。今は燃え上がっていても、一年間の猶予を与えることで冷静になれるだろう。冷静になれば、中年男と結婚したいなんてバカな考えはしなくなるだろうと。それが事務所側の思惑だった。

 どんなに真剣に話をされても、耕平には納得できなかった。母を亡くして十二年、今でも耕平にとって母親は、思い出の中にいる。新しい母親が出来るといっても、素直に受け入れれるものではなかった。
「オヤジ! 本気なのか? 二十六才も歳が違うんだぜ! 俺より年下だぜ!」
 耕平は父親に詰め寄る。
「わたし、先生を愛してる。歳の差なんて感じないもん。ねえ、先生」
 親父の隣に座っているまさみが、浩二に同意を求めた。浩二は、無言のまま、ウンと小さく頷くだけだった。

「俺は受験生だぜ。星野奈緒がこの家にいるって知れたら大騒ぎになるぜ? 勉強なんて出来ねえよ」
「ごめんなさい。でも、耕平くんは、出来る子だと聞いてるから大丈夫でしょ? 世間には、私はあなたの従妹ってことで大丈夫よね。ねっ、ねっ、ねっ!!」
 まさみは、耕平と浩二の顔を交互に覗きこむ。
「ばれるよ! ばれたらどうするんだよ?」
「あなただって気付かなかったでしょ? 三つ編みにメガネ掛けると、実際より幼く見えるみたい、わたし……。大丈夫だよ、ねっ!」
 謝るところは素直に謝る、それも満面の笑顔で。彼女の天然とも思える明るさに、耕平との会話はすれ違う。一緒に暮らせることの嬉しさから、舞い上がっているみたいだ。

「あああ、どうなってんだ……」
 耕平は、頭を抱え込んだ。抵抗する言葉も失うくらい混乱している。
「耕平君、よろしくね。立派なお母さんになるから」
 会話は、すれ違ったまま堂々巡りを繰り返した。
「嘘だろ? いきなり押し掛けて来て母親になりますって……。そんなこと認めれる訳ねえだろ」
 耕平は頭を抱え、自分の部屋がある二階に上がっていった。

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