母はアイドル
木暮香瑠:作

■ アイドルが家にやってきた6

 まさみは話題を変えた。寂しい過去より、これからのことを考えるようにした。
「耕平君、認めてくれないのかな。私がママになること……」
 浩二と一緒に暮らせる喜びと背中合わせの不安が気に掛かる。耕平より自分が年下なことが気になっている。
「そんな事ないさ。あまりにも急だったんで驚いてるだけさ、今は……」
「そうかな。わたしのこと嫌いなのかな?」
 まさみが不安げに俯く。母親と認めないと言い残し、二階に上がっていった耕平を気にしている。
「そんな事ある訳無いじゃないか。弱気だな、まさみ。君らしくないぞ」
 浩二もまさみのそんな不安に気付き慰めた。
「君が真剣に、誠意をもって接しれば耕平だって認めてくれるよ。時間は掛かるかもしれないけど。君は素晴らしい娘なんだから」
「うん。ありがとう、先生……」
 まさみは顔を挙げ、嬉しそうに口元を緩めた。
「わたしが悩んでいる時、いつも先生が励ましてくれた。レッスンに着いて行けなくて悩んでた時も、失敗して落ち込んでいた時も……。でも、先生の声を聞くと勇気が湧いてきた。先生の声を聞くと、立ち直れた。先生、大好き!」
 浩二の首に両腕を廻し抱き付き、頬にチュッとキスをした。

 やっと見つけた家庭である。まさみは、この暖かさを失いたくないと思った。どんなことがあっても我慢できる。どんな辛いことでも耐えていける。この家庭を守るためなら……。



 浩二は、自室で椅子に腰掛けクラスを傾けていた。寝酒に、少量のブランデーを喉にゆっくりと流し込む。
「まさみも今日は疲れたのかな? 気が張ってたんだろうな……」
 隣の部屋で、すでに眠りについたまさみを思いながらグラスを傾けた。

 浩二は、机の引き出しの奥に仕舞っていた写真を取り出した。数日前までは、机の上に飾られていた写真である。まさみが来ることになった夜に引き出しの奥に仕舞い込んだ。
「奏子……、これでよかったんだろうか……」
 浩二は、写真の中で微笑む奏子に呟きかけた。

「一年間待つことにしたのは、俺に自信が無いから? そうかもしれないね。彼女の私への思いは、憧れや尊敬なのかもしれないって……、家庭への憧れなんだって思うこともある……」
 一人になり、まさみとの結婚に対する不安を口にした。まさみの自分に対する気持ちが、愛なのか……、憧れではないのだろうかと不安になることがある。

「歳が違いすぎる……、彼女は二十六歳も年下だ。普通の高校生らしい生活もして欲しい。同じ歳の男の子と触れ合う機会も出来るだろう、わたしの家で暮らせば……。本当の愛を見つけられることも出来るかもしれない」
 静かな口調で語りかける。しかし、問いかけても、写真の中の妻は何も言わない。

「もし彼女が他の男……、歳の近い男を好きになったらそれはそれで良いと思ってる、そのほうが彼女にとって幸せだって……。もしそれが、耕平なら……、私は喜んで受け入れるつもりだ」
 お酒が進むにつれ、浩二はいつもは言えないことを口にした。
「これって恋なのかな?」
 まさみの幸せだけを願っている自分に気付き、浩二は苦笑した。そして真剣な顔になり、写真に語りかけた。
「もし、一年経っても私を好きでいてくれたら、その時は迷いも無く彼女を受け入れるだろう。私は彼女を愛してる……」
 まさみに対する思いが愛だと言う確信を得るために、まさみの愛が本物だと言う確信を持つために籍を入れるのを一年待つことにしたのだ。写真の中の妻は、浩二を気持ちを認めているように微笑んでいた。

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