母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 妄想を誘う肢体1

 耕平は、少し遅い朝を迎えた。昨晩は、考えることがあって眠れなかった。もちろん、まさみのことだ。父親が決めたことであり、結婚するのは父親である。自分が結婚するわけではない。父の幸せを願いたい気持ちもあるが、高校生の耕平には年下の母親を認めがたかった。しかし、いくら考えても結論の問題ではなかった。いくら反対しても、最終的に決めるのは父親の浩二なだの。

 まだ覚めやらぬ目を擦りながら、耕平は階段を下りた。昨日のことは何かの間違いではないか、夢の中の話ではないか、そんな気がする。アイドルが家に来るなんて非現実的な話である。ましては、父親と結婚するなんて……、夢のような話ではないか。耕平は、モヤモヤする頭を掻きながら、何か食い物はないかとキッチンへ向かう。
「耕平君、起きたんだ。朝食作るね」
 キッチンにいたまさみがおどおどと声を掛ける。昨夜、結婚を認めないと言い残し自室に籠もった耕平に、嫌われているんじゃないかという不安があった。

 耕平は、一気に現実に戻された。ロングヘアを一本の三つ編みに束ねたメガネッ娘が、耕平に向かって微笑んでいる。
(夢じゃなかったんだ……)
 今までは、家の中には男しかいなかった。そこに女の子がいる。それだけでも複雑な思いがする。キッチンも浩二と耕平だけしか使っていなかった。しかし、今はまさみが使っている。新妻を迎える姑ってこんな気持ちなんだろうか? そんなことを考えてしまう。
(認めたわけじゃないぞ)
 耕平はそんなことを思いながら、皮肉っぽく言う。
「暇なんだな、アイドルって……。もっと忙しいのかと思ってた」
「8月はね。9月中ごろ、10月から映画の撮影に入るから忙しくなるんだけど……。いつも朝は何食べてるの?」
 まさみは、家族に秘密はいけないと思い、笑顔で耕平に話しかけた。
「いいよ。昼と一緒で……」
 母親になることを認めたくない耕平は、ぶっきらぼうに返事する。
「だめだよ、朝食はちゃんと摂らなくちゃ。朝食が一番大事なんだよ」
 まさみは、冷蔵庫の中を確認しながら言う。
「トーストとサラダでいい?」
「アイドルに作れるのかよ」
「わたし、お母さんと二人暮しだったから、料理は得意なんだよ」
 耕平の皮肉にも負けず、まさみはメガネの奥で目を細める。そして、ぶっきらぼうな耕平の話し方に、不安を抱いたままキッチンに立った。

 耕平の目は、自然とまさみの動きを追ってしまう。十七歳らしくトリミングされていない自然な眉毛、大きな潤んだ瞳、高からず低くからずの筋の通った鼻、柔らかそうな唇が、卵形の顔にこれ以上ない絶妙な配置で置かれている。大きなメガネが邪魔しているが、誰もが注目のアイドルだと認めるのも納得できる。
(かわいい……。いやっ、綺麗だ……。やっぱりかわいい……)
 大人と少女のはざ間を行き来する表情が、幼さと女らしさ、かわいいと綺麗を感じさせ耕平を惑わす。

 それから、服装が刺激的だった。Tシャツにショートパンツ。臍が見えそうなTシャツに、お尻の肉が零れそうな小さなデニムの短パンだ。確かに気候はまだまだ暑い。街では、こんな格好の女子高生たちで溢れてる。外で見る分には、『目の保養だ』と眺めるが、家の中で二人っきりになると目のやり場に困ってしまう。まして女性との付き合いの少ない耕平には、目の毒だった。

 耕平はキッチンのまさみを、チラッ、チラッと盗み見る。キッチンで小さなデニムパンツに包まれた、十七歳らしく張りのある双丘がクリッ、クリッと動いている。女性に対する免疫のない耕平には、どうしても直視できない。耕平は、わざと視線を逸らし正巳に尋ねた。
「オヤジは? ……」
 自分がいやらしい目で見てることを悟られないよう、耕平は話題を作ろうとした。
「先生なら研修会に出かけたよ。二泊三日の……」
 まさみは、浩二が教員科目研修に出かけたことを告げる。耕平がそのことを知らなかったことを不思議がる。
「あっ、そうか! バンドの練習で出かけてたから聞いてなかったんだね、耕平君……」
 耕平が五日間、家を空けていたことを思い出し、合点がいったとばかりに振り返った。

 振り返った拍子に大きく揺れる胸が、耕平の視線に飛び込んできた。耕平の目は、その胸に釘付けになる。耕平は無理やり視線を揚げ、まさみの顔を見た。
「メガネ、いつも掛けてんだ。テレビでは掛けてないのに……」
 目に入った大きなメガネに話題を替える。
(耕平君が話しかけてくれた!!)
 まさみは耕平に話しかけられたことに、素直に喜びを表した。
「目、凄く悪いんだ、わたし。メガネ掛けないと、耕平君の顔が判らないくらい。メガネを掛けてない方が、目が潤んで見えるんだって。だから仕事では掛けないの」
 そう言うと、まさみは再びサラダ作りに意欲を燃やした。

「できたよ。はい、どうぞ」
 振り向いたまさみのTシャツを押し上げた胸が、またしても大きく揺れる。最近では、水着でのグラビアに登場しなくなった星野奈緒である。十六歳の時出した『ラスト水着写真集』は、人気がブレイクする前であった。星野奈緒の巨乳は、ジュニアアイドルファンの間で話題になっただけだ。
(あんなに大きかったっけ……)
 耕平には、その頃より大きくなっているような気がした。その後、清楚な雰囲気の役で女優デビューした奈緒の隠された巨乳を知る者は少ない。しかし、耕平の目の前にいる女の子は、確かに大きな胸をしている。テレビ画面の向うにいる星野奈緒の清楚なイメージとは違う、人懐っこい笑顔のちょっとドン臭いメガネをかけた三つ編みの少女……、そんなまさみが無防備な服装で耕平の目の前にいる。

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