母はアイドル
木暮香瑠:作
■ 妄想を誘う肢体3
玄関のチャイムが鳴った。
「はーーーい!」
笑顔を取り戻したまさみが元気な声で返事し、急いでお客を迎えに行く。
(やばい! 龍一が来ることになってたんだ!!)
龍一は星野奈緒のファンなのだ。まさみが星野奈緒だと気付かないはずがない。耕平の危惧をよそに、まさみはもう玄関に着いている。
「耕平君、お友達だよ」
まさみが龍一を伴ってリビングに戻ってきた。
「おい、誰なんだ? この娘……?」
リビングに入ってくるなり、龍一は耕平に尋ねた。龍一は、まさみが星野奈緒だと気付かなかったみたいだ。耕平は、不安が外れたことに安堵した。
「えっ? 従妹、従妹だよ、俺の……」
答えに一瞬戸惑ったが、昨晩のまさみのマネージャーの言ってたことを思い出し、とっさに答えた。
まさみは、龍一の影でむっとちょっと膨れっ面を作る。確かに従妹と言う約束だったが、母だと言ってもらいたい気持ちもあった。
「ねえ、ねえっ、ジュースにする。まだまだ暑いからジュースが良いよね」
まさみは、母親としての存在を示そうと積極的に世話を焼こうとする。
「俺たちに構わなくていいから……」
耕平は、でしゃばるまさみにヒヤヒヤする。龍一は、星野奈緒のファンであり学校一のプレイボーイなのだ。
「可愛いじゃん」
龍一が言う。目が獲物を狙う男のものになっている。男たちみんなが美人たど認める女性を見つけると、モノにすることに特別意欲を燃やす龍一である。
「そ、そうか?」
龍一の興味がまさみに向かわないよう、やんわりと否定してみせる。
「どうでもいいから、俺の部屋に行こう」
耕平は、まさみへの龍一の気を逸らそうと自分の部屋に誘った。
二人を追うように、まさみが耕平の部屋に入ってきた。
「お待たせ。ジュース、持って来たよ」
龍一が自分のファンだと知らないまさみは、友達が来てる今が耕平に認めてもらうチャンスだと母親らしいことをしようと思った。
「いいから……。出て行けよ」
耕平は、龍一に星野奈緒だと気付かれないよう何とか早く部屋を出て行かそうとする。が、まさみは、そんな耕平の気持ちを知る由もない。二人の前にジュースの載ったトレイを置き、床にペタンと正座し話しかける。
「そんなに言わなくても……。ねえ、耕平君、どういうお友達?」
まさみは、耕平の友達に好かれることも認めてもらう為に必用だと龍一に微笑を向ける。
「そうだよね。ちょっと喋っていかない?」
龍一もまさみを牽き止めようとする。
「バンド仲間だよ。あっち行ってろよ」」
まさみを追い出そうとする耕平を無視し、龍一がまさみに質問した。
「ねえ、名前は? オレは龍一。歳いくつなの?」
「まさみ。十七歳です」
息子の友達に好かれようと、まさみは素直に答えた。その後も龍一は、まさみに話しかけた。表面上は和やかに二人の会話が展開されている。耕平は、ヒヤヒヤしながら二人の会話を聞いていた。龍一がまさみに興味を示していることが、耕平の心を騒がせた。まさみの素性がばれるのではないか、耕平の心配はそれだけではなかった。龍一がまさみに対して異様に興味を示している。まさみは気付かないが、獲物を狙う牡の目をしていた。
「なあ、星野奈緒に似てないか?」
突然の龍一の言葉に、耕平もまさみも一瞬、表情が固まった。
(やばい! 気付かれる……)
耕平の一つ目の心配が当たった。
「声が……。似てない?」
龍一が次の言葉を喋ったのを聞き、二人はふうーと安堵の息を吐いた。
「まさみちゃん、声が星野奈緒に似てるね。なっ、耕平もそう思わないか?」
「似てねえよ」
耕平は素っ気なく答えた。
「そうですか? うれしい。アイドルに声が似てるだなんて……、それだけでも嬉しいな」
まさみは、あくまで他人の空似を装った。自分がアイドルだと気付かれなかったことに安心する。しかし、用心はしたほうが無難だ。
「じゃあね。何かあったら遠慮なく呼んでね」
まさみはそう言うと、部屋を出て行った。
「あの短パンから伸びた生脚、ムラムラするな……。胸もでかいし……。やったのか? お前!」
部屋を後にするまさみの後姿を、目で追っていた龍一が尋ねる。
「従妹だって言ってるだろ、やるわけねえじゃねえか」
耕平は吐き捨てるように言う。
「おしいなー。あんなかわいい娘が同じ屋根の下にいるってのに……」
龍一は、そういうと耕平にニヤッと笑ってみせた。
「お前と違うよ、俺は……。やることだけ考えてんじゃねえよ」
口ではそう言っても、『やる』と言う言葉が耕平の脳裏を引っ掛かっていた。
(オヤジはやってんだろうな。あんなに若くてかわいいアイツと……)
ふとそんなことを考えてしまう。
「なあ、耕平……」
気が抜けた耕平の耳に、龍一の声が入ってきた。はっと声の方に向き直る。
「メガネを外すと、凄い美人になるぜ、あの娘……」
龍一の目が、まさみの出て行ったドアを見ている。まるで戸板を突き抜けて、その向こう側にいるまさみを射ているような視線だ。
「あっ、そうそう。約束の物」
龍一はデイパックから、数枚のDVDを取り出す。
「ほれ、約束のDVD。凄いぜ、人妻物の無修正だぜ」
龍一は、耕平に数枚のDVDを手渡し帰っていった。
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