母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 秘密の代償2

 夕方、まさみはプロダクションでの打ち合わせを終え、家の前まで帰ってきた。西の空を紅く染めた夕日が、まさみの頬を紅く照らしている。まさみの愛する浩二も、二泊三日の研修を終え、今夜帰ってくる。
(先生の好きな食事を用意しなくちゃ。時間はまだ、十分あるな)
 腕時計を見ながら、まさみは思う。久しぶりに会う教師仲間と、お酒を飲みながら旧友を暖めて来ると言ってたことを思い出す。

「奈緒っ!」
 門の前まで来たまさみに、突然、背後から声が掛けられた。
「えっ?」
 まさみは、自然に声の方に振り返る。そこには、耕平の友人・小林龍一が立っていた。
「やっぱり星野奈緒だったんだ」
 龍一は、ニヤッと笑って見せる。しかし、視線は鋭くまさみを刺している。
(ばれてしまう。わたしが奈緒だと……)
「ちっ、違うわ」
 名前を呼ばれ不用意に振り返った自分を責めながら、まさみは、奈緒だという言葉を否定する。
「じゃあ、どうして振り返ったんだ?」
「そ、それは……」
 まさみの顔には、明らかに動揺の色が浮かんでいた。
「星野奈緒なんだろ? 証拠だってあるんだぜ」
 龍一は、畳み掛けるようにビデオカメラの液晶画面を開く。
「違う! 急に呼ばれたから……、誰のことだろって思って、振り返っただけ……」
 まさみはあたふたと、名前を呼ばれ振り返ってしまった理由を繕った。

「メガネと髪形を変えても判るぜ。ファンの目は誤魔化させないぜ」
「ち、違う。わたしは……、まさみなんだから」
 顔を横に振るまさみを、龍一は余裕の表情で見詰めている。
「じゃあ、これはどうだ?」
 龍一は、ビデオカメラの開いたモニターをまさみに見せた。液晶画面には、昨夜のバスルームでの脱衣の風景が映し出される。下半身しか映ってないが、明らかに昨日まさみが身に着けていたショーツが映し出されている。
「い、イヤッ!! ど、どうして?」
 まさみは口に手を当て、メガネの奥の瞳を大きく見開いた。
「ほら、この黒子!」
 画面を静止させ、まさみの目の前にモニター画面を差し出す。そこには、股間を飾る繊毛と太腿の付け根にある黒子が映っている。
「いやっ! 見せないで。な、なぜ……黒子があったら星野奈緒なの?」
 まさみは見たくないと顔を横に弱々しく振り後退る。
「もっと見るい? その後のこと……、風呂から出てきた奈緒も、ちゃんと撮れてるぜ」
 龍一は、再び再生を始めた画面をまさみに向けた。
「やっ、やめて……」
 まさみは、龍一から真っ青になった顔を背けた。
(し、知られてる……。耕平君とのことも……)
 昨日の出来事が、まさみの脳裏に鮮やかに蘇っていた。
「ちょっと付き合ってもらおうか。付いて来いよ。ばれるとまずいだろ?」
 呆然とするまさみを龍一が誘う。まさみは、誘われるまま龍一に付いて行くしかなかった。

 龍一に連れて行かれたのは、彼の家であった。通された部屋は、ギターやアンプなどが乱雑に置かれた龍一の部屋だ。まず、まさみの目に入ってきたのは、壁一面に張られたポスターや写真だった。
「この写真……?」
 まさみが見つけたのは、初めての水着撮影のときの写真である。写真集に載ったものと同じ水着を着ているが、ポーズが清純派の奈緒に相応しくないとボツになったものだ。大きく開いた太腿がM字を形成し、ビキニのパンツが股間に食い込んでいる。作り笑顔は引き攣り、大きな瞳は涙が零れそうなほど潤んでいる。股間に食い込んだ布地は、そこに隠された縦裂を想像するに十分なほど肌に密着し形を露にしている。カメラマンの要求に、まさみが涙を流したポーズである。

「凄いだろ? 写真集に入ってないものもあるだろ?」
 背の高い龍一が、まさみの動揺を嘲笑うかのように見下ろしている。
「ほら、このホクロ、脚の付け根にあるホクロ、ビデオと一緒だろ?」
 龍一が指差した脚の付け根、ビキニラインに黒子が写っていた。普段の着こなしでは写らないが、食い込んだ水着のお陰で、布地から零れるよう黒子が写っている。
「どうして? どうしてこの写真があるの?」
「俺のオヤジ、カメラマンなんだ。君のデビュー写真集を撮った……」
(えっ? あのカメラマンの……?)
 まさみの脳裏に一人の男の顔が浮かんだ。当時十四歳だったまさみに、セクシー・ポーズやきわどい水着のグラビアを撮ろうとし、まさみを泣かしたカメラマンである。

 嫌な辛い思い出の写真を見せられ呆然とするまさみに、龍一は言い放つ。
「脱げよ!」
「えっ?」
 龍一の命令に驚き、まさみが目を大きく見開き振り返る。
「黒子、あるだろ? 確かめてやるよ」
「い、嫌よ! どうしてわたしが脱がなきゃいけないの?」
 まさみはメガネの奥の瞳をキッと結び、龍一を睨みつけた。
「オレ、おまえのファンだったんだぜ。お前はファンの気持ちを裏切ったんだ。何をされても文句言える立場じゃあねえよな」
 龍一は、まさみの睨みにも臆することなくニヤリと笑う。そして、脅迫の言葉を続けた。
「ばらされてもいいのかい? 耕平とのセックスを……。週刊誌が飛びつくだろうな。中年男との結婚、その息子とのセックス……。ワイド・ショーは大騒ぎになるぜ。いいのかい?」
 脅迫の言葉を口走る龍一の声には、動揺も躊躇も無い。ニヤリと笑った顔には、この男なら言った通りのことをやりかねないという危険な雰囲気を醸し出している。
「うっ!! 卑怯者……」
 まさみは言葉を詰まらせ、唇を噛んだ。

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