母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 突付けられた罰1

 ここ数日、耕平はまさみの異変が気になっていた。どんどん色気が出てきたように思える。憂いを含んだ伏せ目がちな仕草や、時折見せる疲れた表情に、ドキッとしてしまう。それに、毎日、仕事だといって数時間、家を空けるようになった。

 新しい映画の撮影は、十月からだといっていた。
「忙しいんだな。次の映画の撮影って、十月からって言ってなかったっけ……」
「う、うん……。撮影は十月からだけど……、その前に色々あるんだ……」
 歯切れの悪い言い訳で、打ち合わせ・顔合わせと言っては家を出て行く。帰って来たまさみは、顔を紅潮させていことが多かった。仕事で昂揚してるのかとも思うが、一人でいる時に、ふいに悲しそうな顔を見せたりする。そのような表情ですら、耕平の心臓を高鳴らせた。悲しそうに俯いてるまさみも、耕平の存在に気付くと、急に笑顔を作り勤めて明るく振舞う。
(やっぱりあの日のことを気にしてるのかな?)
 耕平は、バスルームでまさみに対して犯してしまった罪を悔やむ。
(でも、色っぽくなったな……)
 女になったから色っぽくなった? 俺がバージンを奪ったから? それとも、俺がまさみを女として意識しだしたからだろうか?
 そんな考えが、ふと浮かんだりする。最初、初めてまさみが現われた時には、ただの幼いメガネッ娘だと思った。しかし、どんどん可愛さが滲み出てきた。それが今は、女らしい憂いを感じてしまう。耕平はリビングのドアから、まさみの後姿を眺めていた。

 耕平がリビングに降りて来たことに気付いたまさみは、笑顔を作り耕平に話しかけた。
「耕平君、今日バンドの仲間が来るんでしょ? コーヒーとクッキーで良いかな?」
 夏休みの最終日、今日はバンドの仲間が耕平の家に集まることになっていた。文化祭のステージに向けて、これからの練習の予定を立てたり演奏する曲を決めることにしている。
「えっ、いいよ、何も用意しなくても……」
 耕平は、あまり世話を焼いて欲しくなかった。若い女の子が家にいること自体恥ずかしかったし、彼女が自分の母親だと知られたくなかった。
「そうはいかないよ。私が居て何もお持て成ししないなんて……」
 母親であることは秘密でも、最低限のことはしたいと思っているのだろう。まさみは、コーヒーカップやお菓子の買い置きを確認している。母親として働いているまさみは、なぜか嬉しそうである。
(忙しく動いてる方が気が紛れるのかな? 母親として動いてる方が……)
 嬉しそうに用意をしているまさみの背中は、もうすっかり忘れてしまったと思っていた母親の姿を耕平に思い出させた。

 約束の時間になり、ベースとボーカルを担当の及川、ドラムの柴田がやってきた。出迎えたまさみを見て、二人は驚きの表情でリビングに入ってきた。まさみが星野奈緒だと気付かれたわけではない。まさみは今日も、大きなメガネと頭の後で一つに束ねた髪をザクッと三つ編みにしている。二人が驚いたのは、耕平の家に若い女の子が居ること自体にだ。まさか耕平の家に若い娘が居るとは思いもしなかったのだろう。父子家庭で昼間は耕平しか居ない家は、気を使わなくて済むって事で、いつもバンドのミーティングに使われていたのだ。しかし今日は、二人は借りてきた猫のように、姿勢を正しソファーに腰を掛けている。まさみがコーヒーの準備にキッチンに姿を消した隙に、二人は姿勢を崩し耕平に詰め寄る。
「耕平、誰だ? あの娘……」
「可愛いじゃん、耕平とどんな関係なんだ?」
 すっぴんのまさみだが、整った顔立ち、可愛さは隠し切れない。薄化粧した星野奈緒の華やかさは無いが、その代わり十七歳本来の素朴さが男たちを魅了する。二人は、慌しく耕平に問いただした。
「従妹だよ。しばらく俺の家に住むことになった……」
「歳はいくつだ? 俺たちより年下?」
 及川と柴田の執拗な質問が続く。
(星野奈緒だって気付かれていないみたいだな。こいつら、女に縁が無いから、かわいい娘を見ると冷静に見ることができないんだな……)
 そんなことを考えているうちに、まさみがコーヒーとクッキーが載ったトレイを持って戻ってきた。
「お待ちどお様」
 まさみが戻ってくると及川と柴田は再びしゃきっと背筋を伸ばし、最大限の笑顔をまさみに向けた。気付かれていないことの安心と思いのほか高いまさみの人気に、耕平はなんだか嬉しくなった。あと、不安は龍一だけだ。女慣れしてる龍一は、冷静にまさみを見れるだろう。

 少し遅れて、龍一がやってきた。耕平は、一瞬まさみの顔が強張ったように感じた。
(あれっ? まさみ、龍一に星野奈緒だってばれるのが気になるのかな?)
 一週間前、龍一はまさみの声が星野奈緒に似ていると疑っていた。あの時は、何とか誤魔化しとおせたが……。
「わたし、コーヒー入れてくるね」
 まさみは挨拶もそこそこにキッチンに消えていった。耕平は、キッチンに向かうまさみの背中に何か得体の知れない暗い影を感じた。

 耕平たちは、文化祭でのステージで演奏する曲について話を始めた。そこにまさみが、龍一の為のコーヒーをトレイに載せて持って来た。
「まさみちゃんも座れよ。ほら、ここ!」
 龍一は、自分の隣の席を指差す。まさみは、コーヒーをテーブルの上に置くとすこし間を空けて龍一の隣に座った。
「ほらっ、まさみちゃん、もっと近くに来いよ。まさみちゃんの意見も聞きたいな。女の子の意見は大切だからね」
 龍一は、まさみの腕を取り近くに座らせようとする。
「龍一、もうまさみちゃんに目をつけたのか?」
 龍一のまさみに対する馴れ馴れしさに、及川は冷やかしの声を掛けた。龍一の手の早さは、周知の事実である。
「ひでえなぁ、先週、耕平に紹介してもらったんだ。俺たち、もう友達だぜ。なあ、まさみちゃん」
 龍一は、まさみの肩をを抱き自分の方に引き寄せた。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊