母はアイドル
木暮香瑠:作
■ 突付けられた罰7
身繕いを終えたまさみがリビングに降りてきた。龍一が帰ってからどれくらいの時間が経っていただあろう、まさみの顔には未だ興奮した証の赤みが射していた。
耕平とは目を合わせないように俯き、まさみは乱れた髪を整え、三つ編みを編みなおしていた。耕平には、どんな言葉を掛ければいいのか判らない。沈黙を嫌ったまさみが口を開いた。
「みんな……帰ったんだ」
「龍一とやったのか?」
まさみの問い掛けとは関係のない、耕平が一番聞きたくない質問を無意識にしてしまう。
「う、うん……、したよ」
まさみの返事は、耕平の想いを裏切りあっさりとしたものだった。
「今日だけじゃないよ。一週間前から……、もう何回も……」
「辛くないのか?」
「辛いよ、でも我慢しなくちゃ……」
まさみは、感情を抑え淡々と言う。
「親父に、相談しよう!?」
「だめえ、先生に知られたら……わたし、ここにいられない」
まさみの声に、一瞬大きくなる。押さえていた感情が漏れた。
「じゃあ、どうするんだよ。このままでいいのか?」
「私が我慢すれば、わたしさえ耐えれば……。それにもう……」
瞳から大粒の涙がボロボロと落ちた。自分の辛そうな姿を見せれば耕平も辛くなる。そう思い殺していた感情だが、まさみにはこれ以上押さえきれなかった。
「それにもう、キレイなわたしを先生にあげられないんだし……」
「ううっ!!」
耕平は、まさみの最後の言葉に胸を締め付けられた。
(そうだ。俺がまさみを汚したんだ。まさみのバージンを奪ったのは……俺なんだ)
後悔の念が、耕平に重く圧し掛かった。
「辛いのか? 秘密のままにしてていいのか?」
頬を伝う大粒の涙を拭おうともせずじっと耐えているまさみに、耕平はもう一度聞いた。
「秘密を持つのって辛いことなんだね。いっぱい秘密を持って……、もう胸が張り裂けそうだよ。誰かに聞いて欲しい、誰かに相談したいって……。でも、出来ないんだよね」
まさみはやっと涙を拭った。秘密を共有してる耕平に、まさみは安心感を持ったのか、ポツリポツリとだが本音を喋り始めた。
「セックスで感じるなんて……、最初は嘘だと思ってた……。だって、耕平君と初めてしたとき……、ただ痛いだけだったもん……」
「あのことは忘れたんじゃないのか?」
「忘れられないよ。だって……、初めてだったんだもん……」
まさみは、ふうっと溜め息を吐いた。
「でね、何回もしてると……、だんだん痛くなくなったんだよね。そして……」
口篭ったその顔には、感じてしまったことへの後悔と悔しさが滲み出ていた。
「先生の顔を思い浮かべてじっと耐えてたの……。先生とセックスしてるんだと思うようにして……」
まさみは、顔を曇らせ俯く。再び涙が溢れ出し、ポトリと膝に落ちる。
「で、でもね、身体がふわーと浮いたような変な気持ちになって、そして……、頭の中が真っ白になるの。身体が宙に浮いたような感じがして……」
まるで鏡に映った自分に話しかけるように、視線を宙に泳がせたまま淡々と喋るまさみの口調……、それが耕平にはいっそう切なく感じる。
「先生の顔がぼやけて耕平君の顔になったの……。先生としたことないからかな? 先生の顔を思い浮かべて感じることが出来ないのは。……耕平君が初めての人だからかな、耕平君の顔が浮かんでくるのは。……せ、先生を愛してるのに……」
まさみはもう、落ちる涙を拭うことすら忘れていた。大粒の涙がまさみの膝を濡らしていった。
(俺を思って? 俺を思って感じてたのか? 俺のことを……)
そして胸がズキンと痛んだ。
(この痛みが、まさみをかあさんと呼べない理由なのか?)
耕平は、眼の前の女が無性に愛おしく感じた。
(こいつは親父の嫁さんになる娘なんだ)
耕平は顔を横に強く振った。
(いやっ! 親父の嫁さんなんだ)
耕平は、自分の中のもやもやを振り払うように思い直した。
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