母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 奪われる初めて10

 龍一達から解放され家に帰っても、まさみはショックを受けたままだった。お尻とオマ○コ、両方を同時に犯され逝ってしまったこと。それと同じくらい、犯されている時に先生のことも耕平のことも考えることが出来なかったこと、考えようという意識さえ持てなかったことに衝撃を受けていた。いつもなら料理を作っている最中だけは、何もかも忘れられた。しかし、今日は料理をしていても、ある思いが頭を離れない。

 どうしてわたしは感じたの? 先生を愛していないの? 家族を愛していないの?

 そんな疑問が頭を離れずにいた。夕食を作り終えたまさみは、リビングのソファーの横のマガジンラックに無造作に入れられている花火の包みを見つけた。
(花火? むかし、おかあさんとやったなあ……)
 まさみは花火を手に取りじっと見詰め、楽しかった記憶を思い出していた。



 隣家の明かり漏れてくる狭いベランダ、小さな手の先でパチパチと音を立て閃光を飛び散らせる線香花火。それを見詰める母親と幼い少女……。
「ママ、花火、キレイね」
「そうね。キレイね」
 暗さが足りないアパートのベランダでも、まさみには母とする花火はとても綺麗に感じられた。そして、花火の光に照らされた母の顔は優しさに満ち溢れていた。

 母の店が休みの夜、一週間に一度、母に甘えられる夜が来る。その夜の為、まさみは一人の夜を我慢した。寂しさ夜を、辛い夜も我慢すればきっと楽しい夜はやって来る。その夜は母に思いっきり甘えた。母親も、まさみの甘えを受け入れた。一緒に夕食を食べ、一緒にテレビを観て話し、一緒に遊び、母の布団に入って一緒に寝た。週に一度の楽しい夜だった。時間が過ぎるのが勿体無くて、休む間も惜しんでお喋りした。その日あった事、いや、一週間前に遡って一週間分の話をした。寝るのさえ惜しい楽しい夜だった。



 ふとリビングを覗いた耕平は、思い詰めたような表情のまさみを見つけた。耕平が帰ってきた時から、ずっとあんな感じだった。いや、それ以前からだったのだろう。耕平は声を掛けるのさえ、憚られる気がしていた。耕平がまさみの視線の先を追うと、そこには手に持った夏の名残の花火があった。
「友達とやった残りか……」
 まさみが持っているのは、耕平が夏休みに友人たちとやった花火の残りをマガジンラックに放り込んでいたものだった。

「やろうか……、花火。親父が変えって来るまで、まだ少しあるだろうし……」」
 耕平の声に、花火を手に持っているまさみが驚いたように振りかえる。耕平がリビングに入ってきたのさえ気付いていなかったようだ。耕平も、照れたように視線を宙に浮かせる。しばらく間をおいて、まさみが答えた。
「うん……」
「まだ明るいから、あんまり綺麗じゃないかもしれないけど……」
 二人は、夕暮れの影が包む庭に花火を持って出た。

 線香花火に火を点けると、白い閃光が八方に飛び散る。まだ明るさを残す夕暮れの花火は美しいとは言えない弱々しい光だったが、まさみは嬉しそうに光を見詰めている。さっきまでの暗い雰囲気とは違った笑みを見せている。耕平は、ずっと気になっていた質問をまさみに零した。
「今日……龍一に呼び出されたのか?」
「う、うん……」
 ままみは、あっさりと答えた。線香花火の光が、まさみの気を落ち着かせたのか。
「そうか……」
 そう一言言うと、耕平はそれ以上訊こうとはしなかった。
「何されたか、聞かないの?」
「言いたくなければ言わなくていいよ。我慢するって決めたんだろ? まさみは……」
「うん……」
 まさみは、花火の光を見詰めたまま小さく頷いた。そして、耕平に言った。
「先生には内緒だよ、絶対……」

 パチパチと火花を散らす線香花火。男子には人気の無い線香花火だけが、十分残っていた。もう何本目に火を点けただろう。火消し用に用意されたバケツに、線香花火の軸だけが浮いている。
 まさみが、花火に視線を向けたままポツリと言う。
「ありがとう。付き合ってくれて……」
 淡い光に照らされたまさみの横顔は、幼い少女のようだった。大人びたクラスメートの女たちとは違い、背伸びしたところがない。耕平は、素直に可愛いと感じた。

「おっ! 花火をしてるのか」
「うわあっ」
 背後から突然掛けられた声に、耕平は慌ててバケツをひっくり返した。帰ってきた先生がリビングから顔を出していた。バケツの水で足を濡らした耕平は、なぜか顔を真っ赤にした。
「帰ってきたのかよ。脅かすなよ」
 耕平の慌て振りが可笑しくて、思わず笑ってしまうまさみ。
「先生も一緒にしよう」
 まさみは先生に駆け寄り、手を引いて花火に誘った。親子三人でする花火。まさみにいつもの笑顔が戻っていた。笑顔の家庭……、その陰に隠れている秘密を共有している耕平とまさみ。
(オヤジ、何も気付いてないのか?)
 いつもと変わらないまさみの笑顔が先生に向けられてる。
(十七歳でも、まさみ、女優なんだな。それとも、オヤジの前では全て忘れられるのか……)
 見詰め合う二人の笑顔を見て、耕平は小さな切なさを感じていた。

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