母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 危険な愛戯1

「ちょっと待ってね。すぐできるから……」
 キッチンで朝食を作るまさみの後姿。背中をこちらに向けたまさみは、トーストと目玉焼きを作っていた。いつもの、幸せな家庭の朝の風景である。明け方まで龍一の所にいたまさみは眠気に苛まれながら、それを悟られまいと眠気と戦いながら朝食の準備をしていた。しかし、思わず大きく口が開いてしまう。
「まさみ、疲れてるのか? ここのところ、ドラマの撮影が続いてるからなあ……」
 先生は、正巳は大きく欠伸をするのを見逃さなかった。そしてやさしい言葉をまさみに掛ける。
「そんなことないよ。大丈夫だよ」
「そうか。それならいいんだが……」
 先生の気遣いに答えるよう、まさみは満面の笑顔を作ってトーストと目玉焼きをテーブルに運んできた。
「はい、できました」
「ん、ありがとう。今日は休みなんだろ? ゆっくりするといいよ」
「うんっ」
 まさみは先生の優しさが身に染みたのか、ニッコリと目を細め頷いた。

 これだけを見れば、幸せな家庭の風景だ。しかし、まさみの作り笑顔と父親のすっきりとした顔が耕平をいらつかせる。
(オヤジ、何も気づかないのかよ。昨日、まさみの抜いてもらったこと……。だからそんなにすっきりした顔してるんだろ?)
 昨晩のまさみの切ない顔が、耕平の頭から離れない。
(龍一のところに行ったことも気付いてないのか? オヤジが逝かしてやらないから……、だから龍一のところなんかへ……。帰ってきたのだって、空が明るくなる寸前だったんだから……)
 耕平は寝不足で赤く充血した目を吊り上げた。
(オヤジ、そんなにのんきにしてていいのか!? お前の嫁さんは、俺のママは……。いいのか? まさみ! 龍一とこんな関係、続けてて……)
 何もなかったように、先生の前のカップにコーヒーを注ぐまさみの笑顔が耕平の目に映る。
(それとも、もうどうでもよくなったのか? オヤジの事はもう、好きでもないのか? そんな笑顔でいられるは……)
 耕平の苛立ちなど知らない父親は、コーヒーを啜りながらのんきな声を掛けた。
「耕平、早く食べないと遅刻するぞ」
「ふんっ、俺……もう出かける」
(俺に何が出来るんだ!? まさみのために……)
 耕平は大きな声を上げ、学生かばんを手に玄関にドタドタと向かった。
「何怒ってんだ? 耕平は……」
 不思議そうに見送る父親。
(ごめんなさい。私の所為だよね……)
 先生の問いにまさみは、瞳を曇らせ顔を横に振った。



 まさみと龍一は、昼間の街を二人並んで歩いていた。龍一の手がまさみの腰に回され寄り添って歩いている。まるでアツアツの恋人同士のように……。
「学校……、行かなくていいの?」
「ああ。プロのバンドから誘われているんだ。プロになる俺に、卒業証書なんて何の役にもたたねえからな」
「そう……」
 会話を交わしているが、まさみは気も漫ろだった。まさみと龍一は、観衆の視線の中にいた。暇そうにしているサラリーマンや買い物帰りの主婦、みんなが二人を見ている。
「みんなが見てるぜ、俺たちを……」
 龍一は、視線を浴びることを自慢げに言った。
「いやっ……、恥ずかしい……」
 まさみは、恥ずかしそうに下を向いている。
「こうしていると、本当の恋人に見えてるんだろな。いや、二人でいる時は、恋人同士だったな」
 龍一は、確認するようにまさみの顔を覗き込んで言った。

 みんなの視線を集めているのは、二人が仲のいい恋人に見えるからだけではない。まさみのスタイルと服装にあった。いつもの大きなメガネと一本にまとめた三つ編み……、それだけを見ると、恋など縁のない真面目な少女に見える。その顔に不釣合いな派手な服装とモデルのようにすらりとした肢体、グラビアアイドルのような大きな胸を持ったスタイルが視線を集めていた。みんなが好奇の視線をまさみに投げかけている。特に男性は、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら視線をまさみに向けている。

 今日のまさみの服装は、白いキャミソールだけだった。普段は、上はタンクトップ、そして下はミニスカートやキャロットと合わせて着ているものだ。前側は、ブラジャーと同様な二つのゆるやかな山形ラインを持ち、深く刻まれた谷間とピンクのブラジャーのレースが直接覗いている。また背側が大きく開いたベアバックタイプで、ブラジャーのバンドと肌目の細かい背中が丸見えだ。下に視線を移すと、すらりと伸びた生脚が露になっている。少しでも屈めば、秘部を包むパンティさえ見えそうだ。そして薄い布地は、まさみの身体のシルエットや括れた腰のラインさえも浮かび上がらせていた。主婦たちは嫌悪感の視線を、男たちは好色に満ちた視線をまさみに浴びせ掛けていた。

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